2022年4月30日から5月2日の日程で、林外務大臣がモンゴルを訪問しました。日本の報道ではウクライナでの戦争について日本とモンゴルとの立場の違いが主に報じられているようですが、モンゴル政府の公式発表や現地報道ではどうでしょうか。
はじめに:林外相のモンゴル訪問とその焦点
大型連休中の外遊の一環として、林外務大臣が2022年4月30日から5月2日の日程でモンゴルを訪問しました。この訪問について、日本の報道ではウクライナでの戦争について日本とモンゴルとの立場の違いが主に報じられているようです。
一例として、共同通信の報道を挙げてみます。
記事ではロシアのウクライナ侵略に関して、林外相が日米欧など国際社会と連帯するようモンゴルに促した一方で、モンゴルのバトツェツェグ対外関係相が対ロ非難に慎重な考えを伝えたとみられる、と記されています。
このような慎重な姿勢は、今に始まったことではありません。戦争開始以来、モンゴルがこの問題について態度表明を避けているのは以前書いた通りです。
そして私が見る限り、そのような姿勢は今も変わっていません。とすると、今回の訪問でも、日本政府とモンゴル政府との立場が一致せず、むしろ違いが明らかになる可能性があります。
そこで、今回は林外相のモンゴル訪問に関するモンゴル政府の公式発表や、現地メディアの報道から、ロシアのウクライナ侵略に対する「モンゴルの立場」について見ていきます。そうすることで、モンゴルの公式な見解のみならず、そこから他に何が見えてくるのかも考えてみます。
1. 林外相のモンゴル訪問に関する日本側の公式発表
まず、モンゴル側の情報を見る前に、日本側の公式発表を確認しておきましょう。
ここでは日本の外務省の発表を見ていきます。これらは下記リンク先でまとめられています。
ただし、日程全てを確認するのは煩雑ですし、特に重要度が高いのは公式会談や記者会見の内容です。以下、それらについて見ていきましょう。
当たり前のことですが、外相会談や首相と大統領への表敬でも、主な内容は日本とモンゴルの二国間関係です。こちらは基本的に成果を強調する形と言えそうです。
その一方で、ロシアのウクライナ侵略については(外務省も「侵略」と表現していますね)、外相・首相・大統領それぞれが自国の立場を説明したのに対し、林大臣からロシアの行為が国際法違反であり、国際社会の連帯が特に必要であると述べた旨が記されています。
って、会談・表敬いずれも文面が同じですね。より細かいやり取りについては資料がないので分かりませんが、少なくとも表に出せる範囲では大差ないとみなすのが適切でしょう。
では、ここでのモンゴルの「自国の立場」とはどういうものか?こちらについてはは、林外相が記者会見でこう述べています。
モンゴル側からはですね、即時停戦をし、緊迫状況を緩和することが重要であるという立場について改めて説明があった他、モンゴルからウクライナに対する人道支援等についても説明がありました。
では、モンゴル政府自身はそのような立場について、どう表現しているのでしょうか。あるいは、そもそも表に出しているのでしょうか?
2. モンゴル政府の公式発表
ここからはモンゴル現地からの情報を見ていきます。まずはモンゴル政府のうち、外務省及び首相官房、大統領官房の発表です。
が、英語でのリリースが今のところないので、モンゴル語のみです。
まずはウランバートル到着時の模様です。
続いて外相会談。
次はオヨーン=エルデネ首相への表敬について、内閣官房と対外関係省が発表しています。
その次がフレルスフ大統領への表敬です。こちらは大統領官房と対外関係省による発表があります。
最後が公式日程を終えて帰国する際の様子です。
ちなみに動画もあります。情報量はアレですが、公式に発表されたものではあるので参考までに。
これらについて、一通り読んだ上でページ内検索をかけたりもしたのですが、ウクライナに関する言及は全く見つかりませんでした。少なくとも本エントリ執筆時点で、モンゴル政府の発表では、本件についてのやり取りは存在していないのです。
とはいえ、日本側が勝手に「モンゴルの立場」を示したとはとても考えられない。そんなことをすればモンゴル政府やメディアが黙っていないからです。
とすると、むしろあり得るのは、モンゴル側が「自国の立場」を一応は示したものの、そもそも本件に触れること自体に消極的であった、ということです。むろん仮説にはなりますが、先のエントリでも見たモンゴル政府の姿勢とは合致します。
3. モンゴル現地の報道から
では、モンゴルのメディアは、林外相の訪問をどう伝えているのでしょうか。
基本的に政府首脳・高官の公式予定について、モンゴルの報道は政府発表をそのまま引用することが多いです。そのような引用報道をあえて見る必要はないので、ここでは省略します。
一方で、モンゴル国営通信社モンツァメは会談終了後の記者会見について報じています。
ただし、ここでも掲載されている質疑はチンギス・ハーン国際空港や国交樹立50周年記念行事、日本との経済関係拡大についてで、ウクライナに関する話題は全くありません。
一方で気になるのが、大手紙「ウドゥリーン・ソニン」とニュースサイトikon.mnによる記事です。異なるメディアによる記事ですが、見出し・内容とも同一です。
こちらは外相会談の内容に関するものなのですが、見出しが「ウクライナ問題でロシアに圧力(圧迫)をかける国際的運動に加わるよう日本がモンゴルに呼びかけ」となっています。
ここでは「モンゴルの立場」についての説明があり、これによると、
「会談の際にモンゴル外相がウクライナの即時停戦と緊張緩和が重要と強調したと日本の公式情報で伝えているが、林外相の要望にどのような回答を行ったかは示されていない」
とあります。つまり、ここでの「モンゴルの立場」とは日本の報道で伝えられたものであり、モンゴル政府が自国民に直接示したものではないのです。
なお、記事では出典が共同通信とありますが、モンゴル訪問に関する同社の配信記事は先に示したものぐらいで、ご覧いただいた通り、即時停戦云々については記されていません。なので、実際の情報源は林外相の記者会見だと推定されます。
このような報道からも、モンゴルが何らかの立場を示そうとするところは見出せません。むしろ公式発表で見てきたのと同様、読み取れるものがあるとすれば、態度表明を避けようとする意図です。
このような消極的、もっと言えば回避的に見える姿勢は、実のところ仕方のないものです。以前のエントリでも書きましたが、モンゴルはロシアと長い国境線を接し、近現代を通じて深い関係を続けてきました。
現在もロシアからの燃料・電力なしにモンゴルの経済社会は成り立ちませんし、親ロ感情は広範に及んでいます。日欧米のメディアの報道よりはロシアのプロパガンダの方を信じる人も少なくないことでしょう。
それが証拠に、先日の報道で、ウクライナのロシア占領地域を支援するロシア国内のキャンペーンにモンゴルからも参加があったというものがありました。これが見出しでは「ウクライナに支援送付」と書いてあったのには面喰いましたが。
とはいえ、問題はそのような態度がいつまで可能かです。ロシアはモンゴル国内でアメリカが生物学研究所を建設しているとの主張を一方的に展開しています。モンゴルに対して必ずしも友好的とは限らないのです。
そして、モンゴルが「第三の隣国」と位置付ける国々は日米欧諸国です。それらの国々との関係維持は、モンゴルが両隣国に「呑み込まれない」ために必須なはずです。
モンゴルが日米欧諸国と異なる立場をとること自体には理解が示されるべきでしょう。ただし、それがどこまで持続可能かについて、モンゴル自身含め見通しをつけておくことも重要です。
4. まとめと今後について
ここでは、林外相のモンゴル訪問に関する公式発表や報道から、ロシアのウクライナ侵略に対する「モンゴルの立場」について、いわば表と裏を見てきました。
つまり、表としては即時停戦と緊張緩和を求める一方、実のところは態度表明を避けたいというものです。この立場は必ずしも否定されるべきではありませんが、戦争が続く中でどこまで維持することができるかは検討されるべきです。
最後に問題となるのが、このようなモンゴルに日本がどう関わるのかです。これ自体も詳しい検討が必要なので、ここではごく簡単に述べるとして、モンゴルの立場がすぐには変わらない、変えられないことを理解すること、その上で「ドアは開けておく」こととなるでしょう。
以前からの繰り返しになりますが、モンゴルがロシアに依存する部分は、短期的には変えられません。これは心理的な部分でも同じです。それを急速に変えようとしても、かえって反発を招くなど、逆効果になるだけです。
日本からすれば貴重な友好国であるモンゴルを、ロシア側に完全に追いやることも避けなければなりません。それだけに、モンゴルの状況を理解して、無理強いをしないことが肝要です。
同時に、そのような依存からの脱却を図ることは、モンゴル自身にとっても不可欠なことです。そのための支援は継続されるべきですし、ウクライナを支援する国々の主張や動きの中で、モンゴルが同調可能な部分があれば、喜んで受け入れる姿勢も求められます。
それは、何も日本のためだけではありません。モンゴルが国際法や人道に反する行為を容認しているとの国際的な不名誉を着せられるのを回避するためにも、必要になることなのです。
幸いにして、林外相は記者会見で、今後もモンゴルと緊密に連携をとる旨を仰っています。民主化・市場経済化開始の時期以来では、日本の対モンゴル外交の手腕が最も問われる時期と言えるでしょう。