3710920269

「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

モンゴル・ウランバートルで「石炭泥棒」抗議大規模デモ発生(2)デモの背景

 

 12月4日に始まった「石炭泥棒」抗議のデモは8日目も継続、外国にも広がっています。では、なぜ抗議活動がここまで広がったのか。引き金を引いたのは「石炭泥棒」ですが、背後にはモンゴルが抱える宿痾となる腐敗問題があります。

 

 

 

1. はじめに:1週間を超えて続く抗議活動

 12月4日に始まった「石炭泥棒」抗議のデモは、8日目となる11日(日)も続いています。夜は零下30度を下回ることもある酷寒の中で、ここまでデモが続くのは、民主化運動以来のことです。

 

news.mn

 

 そしてデモは外国にも飛び火。日本のモンゴル大使館前や韓国の主要都市でも在留モンゴル人が集まり、抗議や責任追及を求めるアピールを行いました。

 

news.mn

 

 ちなみに、デモ発生から1週間の動向については、前回エントリでご確認ください。

 

www.3710920.com

 

 それにしても、なぜここまでデモが拡大、継続しているのか。「石炭泥棒」抗議というからには、直接の原因は当然「石炭泥棒」です。ただ、これは日本語の「泥棒」という言葉のイメージをはるかに上回る、大規模かつ深刻な問題です。

 また、この問題の背後には、モンゴルの宿痾として長年繰り返されてきた腐敗問題があります。さらに他の問題も相まって、ウランバートル市民の怒りが爆発した結果が、このデモなのです。

 では、それらはどのような問題なのか。「石炭泥棒」の解明が始まったばかりであること、法的に難解な部分があること、何より私のモンゴル語能力の限界から、不明な点は多いのですが、可能な限りの説明を試みてみたいと思います。

 

2. 「石炭泥棒」問題とモンゴル語の”хулгай”(泥棒)

 人々の抗議を引き起こした「石炭泥棒」とは、簡単に言ってしまうと、モンゴル最大の外貨獲得源である石炭から得られた収入が不当に失われたとの疑惑、また石炭の一部が横流しされ、採掘業者や税関担当者らが利益を得たとの疑惑を端的に表した言葉です。

 「石炭泥棒」はモンゴル語の”нүүрсний хулгай”をそのまま訳した言葉です。ほかに適切な訳語がないのと、他のウェブサイトでも「泥棒」と表す例があったので、直訳しています。

 モンゴル語では、「泥棒」は個人の窃盗にとどまるものではありません。むしろ官民の汚職や腐敗といった、規模の大きい不当な利益獲得も「泥棒」と言われます。メディア報道や政治的な主張においては、そのような使われ方を見ることの方が圧倒的に多いです。

 以前の私のツイートでは、この問題を「疑獄」と表現したこともありました。ただ「泥棒」という言葉の方が、モンゴルの人々の怒りをストレートに表すことができると思った次第です。

 

1.2 「石炭泥棒」発覚のきっかけ

 「石炭泥棒」が明るみになる経緯は、まずは10月に遡ります。10月26日の閣議で、国営鉱業会社エルデネス・タワントルゴイ(以下ETT社)のCEOが解任(後に本人が辞意表明)されるとともに、同社を非常態勢に移し、政府から派遣された全権代表が企業活動とガバナンス、収支の改善を指揮することになりました。

 

polit.mn

 

 天然資源輸出を経済の柱にするモンゴル。石炭はその中でも最大の外貨獲得源です。その大部分は中国に輸出されるため、中国の石炭需要がモンゴルの輸出、ひいては経済を左右します。

 そしてETT社は、モンゴル最大のタワントルゴイ炭鉱での採炭から運搬、輸出までを管理する国営企業です。2021年の事業報告によれば、同年の総収入は7億970万ドル、GDPが150億ドル(World Development Indicator)のモンゴルでは有数の大企業です。

 

ett.mn

 

 CEO解任の直接の理由は、同社が2022年中に国庫に納入すべき外貨5億ドルを調達できなかったこととされています。付言すれば、このような外貨調達は、他の国営企業にも義務付けられています。

 

unuudur.mn

 

 そのCEOを解任して派遣された政府全権代表の手によって、ETT社をめぐる疑惑が発覚、人々の怒りに火をつけます。その主な2つが、石炭売買のオフテイク契約によるモンゴルの利益喪失、外国への石炭横流しです。

 

3. オフテイク契約疑惑

 オフテイク契約とは、「供給者と購入者の間で、供給者が提供する予定の商品・サービスの全部または一部を購入または販売するための取り決め」とのことです。購入者が供給者に対して将来の収入の保証と生産される財への需要を証明することで、鉱山やプラントの開発に必要となる大規模な資金の調達を可能にするものになります。

 

ifinance.ne.jp

 

 ……と分かったように書いていますが、私自身、この時になるまで知らなかったんですけどね、オフテイク契約。

 さておき、この主旨からすれば、タワントルゴイ炭田をモンゴルが開発するための資金調達手法として、オフテイク契約は適切に見えます。世界的にも屈指の規模の炭田で、モンゴル単独の開発はとても不可能なためです。

 ところが、ETT社が非常態勢に入った11月2日、国会本会議でモンゴル銀行(モンゴルの中央銀行)総裁が議員からの質問に対し、オフテイク契約の収入の大部分が中国業者によってモンゴルで実施される建設プロジェクトに支出されていると回答しました。

 モンゴルでは天然資源が国民のものという意識が浸透しています。それゆえに、外国による資源開発に対する抵抗感も根強くあります。

 

www.shobunsha.co.jp

 

 そのモンゴルにおいて、石炭から得られるはずの収入が中国企業に「流出」していたというのは、見る人が見れば国民の財産が失われたことを意味します。まして反中意識が根付くモンゴルです。これが反感を買うのは容易に想像できるのです。

 

3. 石炭の組織的な横流し

 もう一つの問題が石炭販売、特に横流しの利権化の疑惑です。11月16日、モンゴル政府機関の反腐敗庁は24か所の捜査を行い、33名を拘束します。

 

dnn.mn

 

 同じ日に反腐敗庁はタワントルゴイ炭鉱への鉄道を運営するタワントルゴイ鉄道社にも捜査を実施、税関に申告せずに石炭を輸送していたとして資料を押収。

 

www.unuudur.mn

 

 17日にはニャムバータル法務・内務相が記者会見を開き、モンゴルと中国とで石炭の輸送量の税関統計に齟齬があると発表。

 

news.mn

 

 これらの疑惑は、本来ETT社が販売して収入を得る(そして国庫に外貨を入れる)はずの石炭を勝手に売りさばき、利益を着服していた主体がいることを示唆します。

 ここから、官民挙げての石炭横流しという疑惑が明るみになっていきます。22日には横流しの被害総額が40兆tgにのぼるという報道が出回ります。日本円では2兆円弱、どこまで正確な値かは分かりませんが、あまりに膨大な額は世論に衝撃を与えました。

 

dnn.mn

 

 そして12月1日、ETT社政府全権代表が記者会見を開催。監査の結果、約27万トンの石炭が会計上記載されなかったと明らかにします。

 

ikon.mn

 

 一方、2022年の実績として、石炭販売量が370万トン、国庫納入予定の外貨5億ドルのうち3億4150万ドルが確保されたと発表します。

 ところが、11月だけの実績が販売量230万トン、2億550万ドル確保。年間実績の半分以上が、全権代表就任後の1ヶ月だけに得られたことになります。

 

polit.mn

 

 これは、裏を返せば全権代表就任以前に相当な規模の石炭が横流しされ、その売上がETT社から国庫に入らず、着服されていたことを意味します。4日からのデモは、このような疑惑への反応として起きたことになるのです。

 

4. 「石炭泥棒」の背後:モンゴルの腐敗と生活苦、そして若者の絶望

 ここまで、デモの直接の原因となる「石炭泥棒」について見てきました。しかし、この問題はいわば最後の引き金に過ぎません。その背後には様々な問題が存在しています。

 ここでそれらを全て挙げることはできませんが、それでも注目すべきものとして、モンゴル社会に根を下ろしている腐敗問題と、特にCOVID-19パンデミック以後の生活苦、さらにデモの主な参加者とされる若者・学生の絶望を示したいと思います。

 

4.1. 慢性化する腐敗問題

 民主化以降に腐敗が深刻化したというのは、モンゴルで繰り返し言われてきたことです。最近の例でも、2018年には政府系金融機関の中小企業基金による政治家・高官らへの不正融資が発覚、その対処を巡って当時のフレルスフ内閣が分裂、一時は内閣不信任の危機になったほか、腐敗の象徴とされたエンフボルド国会議長(当時)が市民のデモと政治からの攻撃で辞職に追い込まれます。

 

doi.org

doi.org

 

 今年に入ると、同じく政府系金融機関のモンゴル開発銀行の経営悪化が判明。原因として政治的意図による融資が不良債権化したことが明らかとなり、世論の反発を招きました。

 国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナルによる「腐敗認知指数」によれば、2021年のモンゴルのスコアは35で、世界110位。オヨーン=エルデネ政権は指数の改善を目指していますが、今のところ大きな成果は得られていません。

 

www.transparency.org

 

4.2. 深刻化する生活苦:パンデミックと南北隣国の影響

 モンゴルは2020年に隣国中国で新型コロナウイルス感染症が発見されると、すぐさま国境をすべて封鎖、国内外の人とモノの往来に厳しい規制を敷きます。それでも11月には市中感染が発覚、ロックダウンなどのさらに厳しい措置を講じるようになりました。これらにより2020年の経済は大幅に縮小、さらに規制によって輸入物資の受け入れが大幅に滞るなど、人々の暮らしを直撃します。

 

doi.org

doi.org

 

 2022年に入るとモンゴルは規制を撤廃しますが、こんどは両隣国による影響をもろに受けます。中国からはいわゆるゼロコロナ政策による輸入物資の遅延、北からはロシアのウクライナ侵略による燃料輸入の困難化です。さらに世界的なインフレも加わり、2022年のモンゴルの物価上昇率は二ケタに上ぼることが見込まれます。

 デモの参加者の中にも、生活苦やインフレへの不満を訴える声が相次いでいます。自分たちは苦しんでいるのに、ダルガ・ナル(дарга нар, 偉い人たち)が不法に私服を肥やしている、というのが、多くの参加者の怒りなのです。

 

4.3. 若者の絶望

 特に2022年になって、モンゴルの将来を悲観した若者たちが国を離れようとしているという話をネット上でよく見るようになりました。

 統計等ではなかなか現れてこないのですが、最近の報道によれば、収入の低さや生活費・住居費の重い負担、国の貧しさから若者たちが国外脱出を目指し、韓国のビザを求めて大使館を訪れる人が後を絶たないようです。

 

unuudur.mn

 

 デモ発生翌日の5日に行われた警察側発表では、参加者の90%が若者や学生と言われています。現在は他の人々も加わっていると思いますが、若者・学生が大多数であるのは間違いないと思います。

 

news.mn

 

 中には、デモ参加のための授業欠席を公認するよう要求する学生たちもいます。

 

unuudur.mn

 

 若者・学生が主となるデモの背景には、彼・彼女らの事情を特に理解する必要があります。もっともこの点についてはまだ情報が少ないので、引き続き収集に努めたいところです。

 

 「石炭泥棒」の背景についてさらっと書くはずが、またも異様に長くなってしまいました。次回は、政府側や主要政党の対応と、できればその裏側について見ていきます。下記リンク先からご覧ください。

 

www.3710920.com