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モンゴル・ウランバートルで「石炭泥棒」抗議大規模デモ発生(3)政府・司法・主要政党の対応(12/15追記)


 

 モンゴル・ウランバートルで発生した「石炭泥棒」抗議デモは長期化の様相を見せています。これに対し、政治の側は「石炭泥棒」との対決姿勢をアピールしていますが、デモへの姿勢は複雑です。今回はそのような政府・主要政党の対応をみていきます。

 

 

1. はじめに:デモと闘わない政府、政府と闘わないデモ

 12月4日にモンゴル・ウランバートルのスフバータル広場で始まった「石炭泥棒」抗議デモは10日目となる本日(2022年12月14日)も続いています。これまでの経緯については拙稿をご参照ください。

 

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 12日(月)にはデモ参加者が首都知事室の許可を得て、スフバータル広場に隣接する駐車場でゲル(テント)を設置しました。

 

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 また、デモが続くにつれて、参加者の中には凍傷を負う人も出てきています。これに対して、ウランバートル市政庁の指示によってデモ参加者に対する検診や治療といった医療サービスも行われています。

 

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 夜は零下30℃を下回る寒さをしのげる空間ができたことと、参加者への医療支援が行われるようになったことは、デモが長期化する可能性が高まったことを意味します。

 これに対し、中央・地方政府の側はデモを鎮圧する動きをほとんど示していません。デモの初期には強制解散を命じることもありましたが、それも過去の話です。

 むしろ先ほど見た通り、ゲル設置許可も医療支援も、モンゴルの中央政府や首都ウランバートル*1が行っているものです。

 さらに、これからみていく通り、政府や主要政党からはデモへの協調姿勢を示す発言が相次いでおり、それを背景に「石炭泥棒」に対する司法の追及も進んでいます。

 一方で、デモ参加者の側も、内閣総辞職を目指さないことを明言。あくまで「石炭泥棒」を明らかにして、責任を負わせることを要求として掲げています。

 

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 つまり、少なくともこれまでのところ、デモは政府への抗議活動とは必ずしも言えないですし、政府による弾圧の気配もありません。この点は、ロシアや中国、イラン、ベラルーシ等の国々で行われているデモとの大きな違いです。

 では、デモを受けた政府や司法、政党側の動きはどうなっているのか。そしてその背景として何が考えられるのか。全てを挙げることは不可能ですので、以下、主要な動くに絞って見ていきたいと思います。

 

2. 現政権・与党は「石炭泥棒」との対決をアピール

 

 オヨーン=エルデネ政権はデモ発生初期から、デモに対する理解と協調姿勢を示してきました。ここではオヨーン=エルデネ首相、アマルバヤスガラン内閣官房長官、法秩序を担当するニャムバータル法務・内務相の発言を挙げておきましょう。

 

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 また、ザンダンシャタル国会議長は今月21日にこの問題についての国会公聴会を開催することを決定。これに関して、オヨーン=エルデネ首相からはデモ参加者のうち100名を上限に、公聴会に出席することを認めました。

 

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 もっとも、「石炭泥棒」の問題自体が、現政権の反腐敗の取り組みの中で明るみになってきたことなので、このような姿勢はある意味当然の話です。

 また、与党人民党においてオヨーン=エルデネ首相は党首、アマルバヤスガラン内閣官房長官は書記長を務めています。ですので、「石炭泥棒」との対決姿勢は、与党執行部の姿勢でもあります。

 ただし、政府・与党がデモを全面支持しているわけではありません。とくにオヨーン=エルデネ首相は、デモ参加者の中に「石炭泥棒」自身が紛れ込んでいると発言。疑惑の当事者である国営企業エルデネス・タワントルゴイ社からも幹部がデモに加わり、問題を政治化しようとしているとして、対決姿勢を示しています。デモの主張には賛同しながらも、警戒感を決して緩めてはいないのです。

 

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 また、後述するように、反腐敗庁は13日に捜査対象となっている政治家らを公表しており、その中に人民党所属議員も含まれています。「身内」の問題をどうするのかは、党首をはじめ党幹部らが厳しく問われるところです。

 一方で、「石炭泥棒」を明らかにせよという考え方は、フレルスフ大統領も同じです。大統領は7日にニャムバータル法務・内務相や司法・軍の幹部を集め、「石炭泥棒」問題がいまだ解決していないことを強く批判しました。

 これについてはニュース動画がありますが、モンゴル語が分からない方でも、ご覧になれば激おこなのが見て取れます。

 

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 これが自然なものなのか、スタンドプレーなのかは意見が分かれるでしょうが、どちらにしても、この後に司法による追及、そして「石炭泥棒」解明に向けた動きは進んでいきます。次に、それらの動きの現時点について見てみましょう。

 

3. 捜査進展、「反腐敗庁」が捜査対象の大物政治家ら公表

 以前のエントリで述べた通り腐敗が深刻化しているモンゴルでは、「反腐敗庁」という捜査機関が設置されています。反腐敗庁は被疑者を拘束する権限も有しており、汚職や職権濫用等といった腐敗事件の解明を主導しています。

 

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 反腐敗庁は以前より「石炭泥棒」の捜査と被疑者の拘束を進めており、デモ発生後の8日にはエルデネス・タワントルゴイ社ガンホヤグ前CEOら8名を拘束します。

 

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 そして12日には記者会見で捜査の進捗を報告。47箇所で捜査を実施して30名を贈収賄や職権濫用容疑で連行、54億トゥグルグ収賄が確認されたと発表しました。

 

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 さらに捜査の手は政治家らにも伸びます。13日には捜査対象として17名の名前を公表。その中には現役の国会議員に加えて、バトトルガ前大統領も含まれていました。大統領経験者が捜査対象となるのは、2012年に拘束されたエンフバヤル元大統領以来10年ぶりです。

 

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 ただし、この日はニャムバータル法務・内務相が「石炭泥棒」当事者を公表すると予告していた日でした。つまり、反腐敗庁の発表は予定になかったのです。

 これについて、ニャムバータル法務・内務相は同日記者会見を開き、冤罪の恐れを理由に公表まで時間が必要と釈明しています。ただ、この説明にデモ参加者らが納得するかどうかは不透明です。

 

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4. 野党は「石炭泥棒」対策の主導権確保を目指す

 

 政府や司法機関が問題解明への動きを進める中、国会に議席を持つ主要野党もこの問題で発言を重ねています。

 最大野党の民主党では、国会議員団が5日に記者会見を開催。この問題でリーダーシップをとることを明言します。

 

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 また、同党ツォグトゲレル国会議員は12日、問題となったエルデネス・タワントルゴイ社のオフテイク契約の大部分が、当時のバトボルド政権下で締結されたと主張。与党への追及姿勢を示しています。

 

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 また、人間党(2022年に労働国民党から改称)のドルジハンド国会議員もこの問題で積極的に行動。先述の国会公聴会では準備を行う作業部会に加わったほか、7日には「石炭泥棒」の被害額が40-45兆トゥグルグ、失われた租税収入が10兆トゥグルグにも達すると主張しています。

 

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 さらに、10日のテレビ番組ではバトトルガ前大統領による問題関与を主張。これは先に記した反腐敗庁の発表に先立つものです。

 

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 もっとも、「石炭泥棒」問題が野党を利するかどうかには疑問もあります。まず民主党に関しては、「リーダーシップをとる」とアピールすることは、現時点で主導的な立場にないことの裏返しでもあります。

 加えて、党内実力者の1人であるバトトルガ前大統領が捜査対象と公表されたのも痛いところです。それでなくても2年に及ぶ党内対立が続く中、これ以上のイメージ悪化は致命的にすらなりかねません。

 一方のドルジハンド国会議員も、40兆トゥグルグという被害総額の根拠について疑問をつきつけられています。本人は自信を示していますが、アマルバヤスガラン内閣官房長官は13日の記者会見で、1995年以降の石炭販売総額が45兆2000億トゥグルグとして、同議員の主張が実態に合わないと反論しています。

 

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 それでなくても、報道を見る限り、デモ参加者が野党に接触しようとする動きはまるで見られません。これらを考えると、この問題で野党が与党から主導権を奪うのは難しそうです。

 

5. デモへの協調姿勢の背景:考えられる仮説

 ここまで政治や司法の動きを見てきました。いずれも「石炭泥棒」問題の解決を求めるデモの訴えに即したものになっていることがお分かりいただけたのではないでしょうか。

 では、それはなぜなのか?他の多くの国々では、デモに対して対決的、抑圧的な態度で臨むことが珍しくもないのに、です。

 背景はいくつも考えられるでしょうが、ここでは説得的と思われる仮説を挙げていきたいと思います。

 

5.1. 30年でモンゴルに定着した民主主義

 現在行われているデモを力ずくで抑え込もうとしている国々は、権威主義体制が敷かれていると言われる国々です。反戦デモが散発しているロシア、ヒジャブのかぶり方をめぐる女性の死が反政府デモに火をつけたイラン、昨年クーデターが起きたミャンマー、若者が愛国教育の強制に抗議した香港等を思いつく方も多いことでしょう。

 他方、モンゴルは民主化以降、紆余曲折を得ながらアジア屈指の民主主義国に成長しました。国民に法の下で政治活動を行う権利があることは当然視されています。そのような中でデモを弾圧するのは、政治家にとってかえって打撃となるのです。

 

5.2. 「7.1事件」の再現阻止

 そのモンゴルでも苦い経験があります。2008年に総選挙の結果を不服としたウランバートル市民らの抗議活動が過熱、人民革命党(現人民党)の本部が焼き打ちに遭った上、警察・軍との衝突で死者まで出す事態となった「7.1事件」です。今回のデモに際しても、モンゴルにとって唯一の騒乱を繰り返してはならないとの主張を目にしますし、これが政府側にもデモの側にも歯止めとなっている面はあります。

 

5.3. 「石炭泥棒」問題解決という利害の一致

 最も大きいのではと考えられるのが、「石炭泥棒」問題解決という目標が、政府与党とデモ参加者の側で共有されていることです。

 既に述べた通り、腐敗の一掃はオヨーン=エルデネ政権の主要課題であり、「石炭泥棒」問題もその過程で分かったことでした。

 腐敗に対する厳しい態度の背景としては、ひとつには経済の立て直しのために腐敗による損害をこれ以上許すわけにはいかないという切実な事情があります。

 また、フレルスフ大統領やオヨーン=エルデネ首相らは2018年から2019年にかけて腐敗への抗議を訴えるデモの発生をバックに権力を確保していった経緯があります。それだけに、反腐敗は言わば存在理由とも言えるもので、このようなデモはむしろ追い風となり得るものなのです。

 

www.jstage.jst.go.jp

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 それだけに、政府与党からすれば、デモ参加者の訴えを抑えることよりも、これを大義名分として問題解決への取り組みを加速させることの方が、よほど得策と言えるのです。

 

6. まとめ:寒さを増すウランバートル

 ここまで、デモに対する政府与党や司法、野党の対応を見てきました。例によって長くなりましたが、少なくとも今回のデモを他国の反政府デモと同一視すべきでないこと、デモが訴える「石炭泥棒」問題解決という目標を、政府も与野党も共有していることがお分かりいただければ十分です。

 今後については現時点で何とも言いようがありませんが、このまま大きな問題なくデモが続くとすれば、焦点は21日の国会公聴会、あるいはそれ以前に大物政治家や高官の拘束があるかどうかです。

 ただし、この過程で障害となるのが、ウランバートルの寒さです。きちんと調べたわけではないのですが、今年はとみに気温が下がるのが早かったのではと思われます。そして冬至が過ぎれば、モンゴルで「ユス」と呼ばれる真冬の酷寒が始まります。

 そうなると、懸念されるのが極端な低温によるデモ参加者の健康への影響です。デモがこの時期に長く続くとすれば、1989年から1990年にかけての民主化運動以来のこと。無血革命を実現させた当時と同じく、デモ参加者に被害がない形での問題解決を強く望みます。

 

7. 12/15追記:政府対応まとめ報道

 国営通信社モンツァメが12月5日以降の政府による決定や対策をまとめた記事を発表しました。

 

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 国営通信社というためか、今回のデモに関しては報道が多いとはとても言えず、さらにうがった見方をすれば、この記事についても政府の方針をアピールする意図を疑うことは可能です。

 とはいえ、モンゴルで最も信頼のおける報道機関の一つであることは確かです。ご参考まで。

*1:モンゴルの地方行政制度では「首都」と「市」は別の単位で、政庁も異なるのですが、ウランバートルに関しては双方が同じ領域を共有し、かつ首長となる首都知事および市長が同一人物なので、ここではまとめて表しています。