今回からはモンゴルの2024年国会総選挙に参加する政党・同盟についてご紹介します。初回はモンゴル最古の政党であるモンゴル人民党です。
- 1. はじめに
- 2. モンゴル最古の政党、社会主義時代の独裁政党から社会民主主義を謳う大政党へ
- 3. 前回総選挙で圧勝、史上初めて自由選挙により政権を維持
- 4. 2021年大統領選挙でも大勝
- 5. (第2次)モンゴル人民革命党との再統合
- 6. スローガン「人民の選択」、現政権政策プログラムに基づく選挙公約発表
- 7. 閣僚・党幹部らは選挙区から立候補
- 8. オヨーン=エルデネ首相、民主化運動指導者ゾリグ氏殺害事件でエルベグドルジ元大統領を再三攻撃
1. はじめに
今回のエントリからは、モンゴルの2024年国会総選挙に参加する政党・同盟についてご紹介します。といっても、政党の中には公式ウェブサイトがないなど、情報が乏しいところもありますので、扱いに違いが出る点はご了承いただきます。
さて、初回はモンゴル最古で(おそらく)最大の政党、モンゴル人民党(Монгол Ардын Нам / Mongolian People's Party、以下「人民党」)についてです。なお、人民党含め、政党によっては前回(2020年)および前々回(2016年)総選挙でも紹介しているため、ここでは前回総選挙以降の動きに割と絞って書いていきます。
2. モンゴル最古の政党、社会主義時代の独裁政党から社会民主主義を謳う大政党へ
これは確実に以前書いたことだと思いますが、人民党は100年以上の歴史を有するモンゴル最古の政党です。かつての社会主義時代には「モンゴル人民革命党」として国権を独占、独裁政党として君臨してきました。1990年に民主化運動を受けて一党独裁制を放棄したのですが、その後もしばしば政権を獲得しており、モンゴル最大の政党といっても間違いではないでしょう。
とはいえ、人民党はかつての社会主義や一党独裁の復活は掲げていません。むしろ、本稿執筆時点で公式サイトに「われわれは社会民主主義者である」と掲げる等、自らを中道左派政党として位置付けているようです。もっとも、モンゴル政治における「左派」「右派」の違いというのが、私などからすればよく分からないのですが……
3. 前回総選挙で圧勝、史上初めて自由選挙により政権を維持
モンゴルでは民主化以降、総選挙のたびに政権枠組みが変わってきましたが、前回の2020年総選挙では人民党が議席を減らしたものの、76議席中61議席という圧倒的な議席数を獲得しました。前述の通り、ここまでの大勝は選挙制度によってもたらされた部分もあるのですが、ともあれ自由選挙で人民党が勝利したことで、フレルスフ首相(当時)が政権を維持することになりました。総選挙を通じて政権が維持されるのは、モンゴルの歴史では初めてのことです。
4. 2021年大統領選挙でも大勝
ところが、2021年に入ると新型コロナウイルス感染症への対応を巡ってウランバートルで抗議デモが勃発すると、フレルスフ首相はあっさり辞任、オヨーン=エルデネ内閣官房長官が後任に選ばれます。辞任の背景としてフレルスフ氏が大統領就任を狙っていたためだとする風聞もありましたが、同年に行われた大統領選挙では人民党から同氏が立候補、総選挙後の民主党内紛の当事者であるエルデネ候補や第三勢力の正しい人・選挙人同盟のエンフバト候補を大差で破ります。モンゴルでは大統領・首相・国会議長が国権三長として扱われるのですが、人民党はこの大勝によって2009年以来12年ぶりに3つのポストを独占したことになります。
5. (第2次)モンゴル人民革命党との再統合
大統領選挙に先立つ2021年5月には(第2次)モンゴル人民革命党が人民党に合流します。人民党は2010年に現党名への再改称を決定したのですが、これに反発したエンフバヤル元大統領が決定を認めず、モンゴル人民革命党を称する自身の政党を立ち上げました。
それ以来、人民革命党は人民党に対して本家争いをしたかと思えば接近したりを繰り返してきたのですが、2021年になって再統合の動きが本格化、エンフバヤル元大統領をはじめ人民革命党のメンバーが人民党に合流しました(ただし、当時同党所属のガンバータル国会議員は合流に反対して離党)。
ちなみに、再統合後にエンフバヤル元大統領は憲法改正のための作業部会を任されたほか(顛末については『アジア動向年報2024』参照)、同党の幹部であったトルガは国境地点再生国家委員長として閣僚に選ばれています。とりわけ注目されるのがエンフバヤル元大統領の子息バトショガル氏で、2021年補欠選挙で人民党から立候補して当選すると、国会イノベーション・デジタル政策常任委員長に就任、今回も第11選挙区(首都ソンギノハイルハン地区)から立候補する等、モンゴルでは珍しい二世議員として躍進中です。
6. スローガン「人民の選択」、現政権政策プログラムに基づく選挙公約発表
人民党は今回の総選挙に「人民の選択」というスローガンを掲げています。また、党首のオヨーン=エルデネ首相は、腐敗の続発や政権が2023年に開始した反腐敗闘争を念頭に、「人民が勝つか、腐敗した者たちが勝つか」と訴えて支持を求めています。
また、人民党は選挙公約も発表しています。モンゴルの総選挙では各党・同盟が選挙公約を必ず策定、選挙管理委員会と国家監査庁(政府による監査機関)での審査や場合によっては修正再審査を経て、発表することになっています。
各党・同盟の選挙公約については、選挙管理委員会でPDFファイルが発表されています。ですので、ここでは人民党公式ウェブサイトに掲載された選挙公約へのリンクを下記に記します。
選挙公約は大部なので、詳細な分析は骨が折れるのですが、一読した限り、現政権が進める反腐敗闘争に加えて、「新再生政策」「地域(地帯別)開発」を中心とした政策プログラムの推進が中心となるようです。
このうち「新再生政策」は新型コロナウイルス感染症による影響からの脱却を狙ったもので、閉鎖・縮小された国境地点の活発化や電力生産拡大、地方への人口移動奨励等を柱とするものです。また「地域(地帯別)開発」はモンゴルを6地帯とウランバートルに分け、それぞれで開発政策を推進していくものです。これも説明しだすと長くなるのですが、政策の継続をアピールしようとしていることは確かでしょう。
7. 閣僚・党幹部らは選挙区から立候補
人民党のもう一つの特徴が、オヨーン=エルデネ首相やアマルバヤスガラン内閣官房長官・党書記をはじめ、ザンダンシャタル国会議長現職閣僚や党の幹部が軒並み選挙区から立候補していることです。モンゴルでは選挙区と比例代表の重複立候補が認められていないので、全て選挙区のみの単独立候補となります。
もっとも、こと人民党に関する限り、戦術としてはこれが適切と言えるでしょう。繰り返しになりますが、人民党は前回総選挙で中選挙区完全連記制の特徴を活かし、得票率を大幅に上回る議席を得ることに成功しました。今回の選挙区選挙も同じ制度で争われることから、前回総選挙と条件が変わらないようであれば、得票率がリアルに反映される比例代表制よりも、選挙区の方が当選の可能性が高いことになります。あくまで前回総選挙と同じく、人民党が最も支持を得ているならば、ですが。
8. オヨーン=エルデネ首相、民主化運動指導者ゾリグ氏殺害事件でエルベグドルジ元大統領を再三攻撃
最後に、選挙運動ではないですが気になる動きです。この数カ月間、オヨーン=エルデネ首相の単独インタビュー記事が相次いで出されています。その中で、首相はエルベグドルジ元大統領を繰り返し非難、モンゴル民主化運動の指導者ゾリグ氏が1998年に殺害された事件について、自身の利益保護のために事実解明を妨害したという主張を展開しています。
最近の例がこちらです。他にも主張はあり、かつ事件の背景や影響、その後の顛末もあるのですが、それらを書くと次の原稿のネタがなくなる総選挙の話から逸れるので、ここでは控えます。
ゾリグ氏殺害事件は発生から25年以上経った今も未解決です。事件に関しては機密扱いの情報もあるようで、首相による主張の検証は、少なくとも現時点では不可能です。
それだけに、主張が裏付けられれば、事件解明に向けた道筋がようやく見えることになるでしょう。ですが、もしも証拠が不十分な発言だったとすれば、首相の動きはエルベグドルジ元大統領をはじめ民主党に対する総選挙の時期を狙った攻撃、いや、政権与党による不当な野党潰しの可能性すら考えざるを得ません。
念のため繰り返しますが、首相による主張について、当方は現時点で正しいとも誤りとも判断できません。ですが、後で振り返ったとき、これがモンゴルの民主主義の分かれ目だった、となるかも知れないとは思います。そうであってほしくはないですが。
なお、モンゴル2024年国会総選挙については過去エントリもご参照ください。