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2020モンゴル国会総選挙一口メモ(11)総選挙開票結果を読む(後)野党・無所属候補と今後の懸念

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 モンゴル国会総選挙一口メモ、開票結果振り返りの後篇は、野党・無所属候補と、選挙後の期になる動きについてお伝えします。

 

 

 さて、前篇では開票結果の総評と、2016年総選挙に続いて連勝したモンゴル人民党について見てきました。未読の方は、下記リンク先からどうぞ。

 

www.3710920.com

 

 では、ここから後篇です。見出しは前篇からの通し番号です。

 

 

3. 民主党:さよなら二大政党、こんにちは……?

 人民党が地滑り的連勝を果たしたということは、野党にとっては負け戦ということになります。

 中でも最大野党の民主党の獲得議席数は、2議席増のみの11議席。これまで二大政党のひとつと言われた同党ですが、もはやその面影は形無しです。

 選挙前に書いたエントリで、民主党に対する懸念点をいくつか示しました。詳細な分析が必要ではありますが、基本的には、これらの懸念が的中したものと考えています。

 

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 また、上記エントリをアップした後、民主党エルデネ党首は選挙で過半数を獲得した場合に、首相としてアマルジャルガル元首相を指名すると発表しました(現地報道)。

 先述したエルデネ党首の不人気を考えれば、自らが首相になる可能性を否定することは賢明でした。とはいえ、首相候補に選ばれたのは、20年前の首相です。日本なら小渕元首相の時代ですし、ロシアのプーチン大統領が就任前したぐらいの時期です。

 アマルジャルガル元首相は、確かに知名度のある政治家です。とはいえ、前国会議長すら候補者から排除して清新なイメージをアピールする人民党に対抗するには、あまりにも寂しい人選でした。

 今回の選挙結果を踏まえ、エルデネ党首は辞意を表明。しかし不満の収まらない支持者は選挙翌日に党本部前に集結、記者会見で党内刷新を訴えています(現地報道)。

 今後は新たな党首がこのような不満をどこまで受け入れ、党内を建て直せるかが注目されます。そして、次期大統領選挙は、党勢回復の最後のチャンスかも知れません。

 ただ、これまでは国会総選挙の翌年に行われていた大統領選挙、憲法改正によってどうなるのかが分かりません。以前は4年2期までの在任が可能であったのが、現在は6年1期のみになるのですが、この改正が現在のバトトルガ大統領の任期に適用されるかははっきりしません。また憲法裁判所まで持ち込まれそうな気が……

 

4. 第三勢力:たかが1議席、されど1議席

  人民党・民主党以外では、あなたと私の同盟(モンゴル人民革命党、市民の意志・緑の党、モンゴル伝統統一党)、正しい人・有権者同盟(労働国民党、モンゴル社会民主党、倫理党)がそれぞれ1議席を獲得しました。

 このうち、前者の当選者はモンゴル人民革命党からのガンバータル元国会議員、後者は労働国民党のドルジハンド幹事長になります。

 どちらの党も全選挙区に候補者を立てていて、より多くの議席を狙っていたはずです。その点では残念な結果なのでしょう。

 とはいえ、1議席でもあるとないとでは大違いです。国会に議席を有することで、大統領選挙に候補者を立てることが可能となるためです。

 ただし、人民革命党については、これまで党内の路線対立から、所属国会議員が離党する例が続いています。ガンバータル元国会議員は副党首ですし、党から大統領選挙に立候補した経緯もあるので大丈夫な気がするのですが、はたして党首を上回る人気や権力を得た時に、このままで済むのかという疑問はあります。

 他方、ドルジハンド労働国民党幹事長は日本留学経験もある人物です。新たな国会議員の中では、都市中間階級を代表することになりそうです。

 ここで、ガンバータル元国会議員と第三勢力としての連携の可能性が気になる方もいるでしょうが、可能性は極めて低く、実現したとしても長続きしないというのが私の見立てです。

 というのも、あなたと私の同盟と正しい人・有権者同盟とでは、政策の方向がまるで違います。顕著なのは大規模鉱山に関するもので、かたや権益の取り分拡大と「人民大衆」への拡散を訴え、こなた外資の投資環境の整備を説くのですから、合意点が思い浮かびません。

 また、これはいささかゴシップ的になりますが、両者の間では因縁があります。ガンバータル元国会議員が2016年に労働国民党党首に就任していたのは以前のエントリで述べていましたが、彼が党を追われたのが、ドルジハンド幹事長の解任をめぐる対立でした(アジア動向年報2017年版「2016年のモンゴル」参照)。そして、ガンバータル元国会議員は解任を支持する側だったのです。

 そう考えると、両党・両同盟の連携は、現状では極めて考えにくいと言うべきでしょう。もちろん、何が起きるか分からないのがモンゴルの政治ではありますが、何らかの協力関係ができたとしても、おそらく同盟関係の再編や、党内の分断を伴うものになりそうです。

 

5. 無所属:……無所属?

 100名をゆうに超えた無所属候補でしたが、当選したのはただ1名でした。

 しかも、当選したのはアルタンホヤグ元首相。現時点で所属政党がないとはいえ、民主党時代のイメージも知名度もある候補です。つまり、「純然たる」無所属候補の当選者はいなかったことになります。

 モンゴル、特にウランバートルでは近年無党派層が拡大していただけに、無所属候補が躍進する可能性も十分あると思っていたのですが、政府がCOVID-19感染拡大を防いでいる中で、なす術がなかったというところでしょうか。

 ただ、そのような結果になっただけに、憂慮すべき事態が生まれつつあります。

 

6. まとめに代えて:再びの懸念

 開票仮集計が出た直後、先述の通り民主党はエルデネ党首が辞任を表明。新同盟を率いたバトザンダン正義市民統一同盟党党首も、結果の受け入れと党首辞任を記者会見で明らかにしていました。

 ところが、無所属候補らの一部は記者会見を開き、集計過程や集計機器への疑念を訴えた上で、一部選挙区での再選挙を要求します。

 

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 また、民主党も態度を変化、選挙結果の監査を各党に呼び掛けます。

 

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 加えて、落選したバト=ウール元首都知事は、選挙期間中に拘束者が相次いだことに触れ、今回の総選挙が憲法や選挙法に反すると批判しています。 

 

 

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 最も強硬なのがあなたと私の同盟です。エンフバヤル元大統領は記者会見で総選挙を「詐欺的」と非難、受け入れを拒否します。

 さらに、他党・同盟や無所属候補と合流して政府宮殿前に集結、バトトルガ大統領に対して選挙中央委員会の解散と再選挙を求める要望書を提出します。

 

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 写真および動画では、エンフバヤル元大統領、バトザンダン正義市民統一同盟党党首、(名前は分かりませんが)遵守せよ!憲法19同盟の帽子をかぶった人物、ガンボルド候補(無所属)の姿が少なくとも確認可能です。

 これに対し、バトトルガ大統領は要望書を提出した一団とは面会しなかったものの、集計結果の確認作業を通常より追加して、手作業で行う選挙中央委員会に要請しました。委員会側はこれを受け入れたのに加え、一部の候補者に対して集計作業の説明も行っています。

 

■ バトトルガ大統領と選挙中央委員会委員らの会見記事

■ 選挙中央委員会と立候補者らの会談を伝える記事

 

 ただ、これで不正や大規模なミスがなかったとして、選挙結果自体に不服な党・同盟や候補者らが納得するかどうかは不透明です。それどころか、態度をさらに硬化させる恐れがあります。

 先程の要望書提出の際、ガンボルド候補は、満足いく回答がなかった際に座り込みやハンガーストライキといった次の闘争に移ると話しています。

 さらに、エンフバヤル元大統領は記者会見で、「不法な選挙には不法な手段ででも戦う」という不気味な言葉を発しています(記事の見出しにすらなっています)。

 

www.sonin.mn

 

 記者会見で語られた「不法な手段」は、バトトルガ大統領を通じた選挙結果の取り消しです。しかし、その後エンフバヤル元大統領は、若者に対し街頭での抗議を呼び掛けてもいるのです。それが実現するかどうかは分かりませんが、もしも抗議活動が本格化した場合、平和なデモ等で終わらないのでは、そう憂慮せずにはいられません。

 モンゴルでは過去に一度だけ、選挙結果を巡る暴動が起きたことがあります。

 2008年7月1日、総選挙の結果を巡って発生した暴動では、与党人民党の本部が焼失、死者も出る事態となり、一時ウランバートルに非常事態宣言が出されました。民主化後のモンゴル政治において、最大の痛恨事と言うべき事件です。

 

ir.ide.go.jp

 

 以来、モンゴルは大きな混乱を出すこともなく、国政選挙を重ねてきました。しかし今、再び混乱が起きる懸念が頭をもたげています。

 そして昨日、民主党は再選挙要求に転じました。記者会見の場にはエンフバヤル元大統領の姿もあり、あなたと私の同盟ほかの勢力への同調が見て取れます。

 

news.mn

 

 奇しくも、その当時の大統領がエンフバヤル氏、当時デモを率いたのが、バトザンダン正義市民統一同盟党党首です。そしてその当時も、中選挙区完全連記制での選挙結果が非難の的となっていたのでした。

 もちろん、上記は偶然の符号という面が大きいです。私もそれは頭では理解しているつもりです。しかし、エンフバヤル元大統領らの発言によって、私が今まさに、非常に不安に囚われていることも確かです。

 明日29日は当選者への証書交付の予定です。まずはこれが無事行われるかどうか、そして集計確認作業の結果が受け入れられるかが、喫緊の焦点となるでしょう。