第7回の一口メモはモンゴル人民革命党(以下「人民革命党」)についてです。同党は「あなたと私の同盟」として総選挙に臨むため、ここではこの同盟についても解説します。
さて、人民革命党はモンゴル人民共和国(1924-1992)のほぼすべての時代を支配した政党の名称です。
ただ、民主化20年後の2010年の党大会でモンゴル人民党への解消が決まった際、これを良しとしない勢力が分派。エンフバヤル元大統領を党首として、現在に至るまで人民革命党の名称を使い続けている、というのは、以前も書いた通りです。
前回2016年の総選挙で、人民革命党は獲得議席が1つのみと惨敗。とはいえ、1つだけでも議席を守ったことで、翌2017年の大統領選挙への挑戦権を確保しました。
そして、その大統領選挙には2016年まで無所属で国会議員を務めたガンバータル氏を候補として擁立。同氏はモンゴル国内で資源開発を行う外資を攻撃することで国民の人気を得ていた一方、2015年には労働国民党に入党後、党首への就任を巡って内部の反発から指導部分裂を招いて事実上追放され、2016年の総選挙では無所属で立候補したものの落選した経緯があります。
ちなみに、この辺の詳しい経緯は下記エントリをご覧ください。
ところが、ガンバータル候補の擁立に対し、党唯一の議席を持つバーサンフー国会議員が反発、同候補を支持するエンフバヤル元大統領らとの間での分裂が表面化します。大統領選後にエンフバヤル元大統領に反発する党員らが独自の党大会を開催する動きを見せると、これにバーサンフー議員は賛同、大会に参加して党首に就任します。
一方のエンフバヤル元大統領らは当然これを認めず、党大会に代わる全国集会を開きます。これは「党大会」の名称がついておらず、内容も公になっていない不思議な会合ですが、とにもかくにも異なる勢力が全国規模の集会を行ったことで、対立は決定的となりました。この辺は『アジア動向年報』2017年版にまとめております。
その後、両者の対立はなんというか膠着状態に陥りますが、今回の総選挙直前にバーサンフー国会議員が人民革命党を離党、民主党に復帰(2011年に離党)することで、一応の解決が図られた形です。
さて、今回の総選挙で、人民革命党は市民の意志・緑の党とモンゴル伝統統一党とともに、「あなたと私の同盟」(Ta bidnii evsel)を結成して臨んでいます。74名の候補を揃えており、これは第三勢力では最多です。
ここで少し話が逸れるのですが、この同盟の名称、というか翻訳について。関心がない方は読み飛ばしてください。
英語の報道を見ていると、この同盟について"Our coalition"、あるいは"You are our coalition"といった訳され方がしています。おそらく、今後日本でも同様の訳が出てくるかも知れません。
ただ、個人的にはどちらも引っかかりを感じます。前者はモンゴル語の"Ta"、つまり二人称単数の丁寧な表現を落としています。党首のエンフバヤル元大統領がインタビューで有権者を念頭に「あなた」(Ta)の存在を強調していますし、この訳はその意図を汲めないのではないかと。
そして、後者は理屈上(もう少し厳密に言えば統語論上)は有り得ます。ただ、「あなたは私の同盟」……どういうことなのかが私には分からないです。少なくとも、先程のインタビューの主旨とは、どーも違う気がします。
閑話休題。総選挙ではエンフバヤル元大統領も立候補を試みましたが、選挙管理委員会の全国組織「選挙中央委員会」が選挙法の規定を理由に承認しませんでした。エンフバヤル元大統領らは即座に不服を申し立てたものの、昨日19日に行政控訴審(行政に関する訴訟を扱う裁判所で日本の高等裁判所レベル)が申し立てを却下したところです。
エンフバヤル元大統領は2012年に大統領在任時の職権濫用で有罪判決を受け、5年間の被選挙権停止処分を受けています。もっとも本人は罪を認めておらず、国政選挙の立候補を届け出ては却下されることを繰り返していました。
そして今回、晴れて処分解除となったはずだったのですが、昨年改正された選挙法で過去に腐敗に関する有罪判決を受けた者の被選挙権が剥奪されたため、またも立候補が認められず、それでも立候補を強行して、案の定却下されたのです。
と、ここまでエンフバヤル元大統領の話が長くなったのですが、というのは、人民革命党にとってこの人物の存在が大きいということです。人民革命党は結党以来エンフバヤル元大統領と対立した党員が離党する事態が相次いでおり、新たに入党した中で注目されるのは先述のガンバータル元大統領候補ぐらいです。
そればかりか、同盟相手の両党にも目立った人物を見出すことはできません。市民の意志・緑の党は民主化運動の英雄ゾリグ氏の妹オヨーン氏が長らく率いてきたものの、同氏の引退とともに凋落、以後ほとんど報道にのぼることがありません。伝統統一党に至っては2000年総選挙で壊滅的打撃を受けてから国会での議席を得ることはなく、零細政党の地位に甘んじています。
さらに、今回の総選挙ではエンフバヤル元大統領の子息バトショガル氏も立候補しており、先日は総選挙で勝利した場合にエンフバヤル元大統領を首相に指名するとの報道が流れました(現地報道)。
現憲法では閣僚を務められるのは国会議員は4名までと定められており、現職のフレルスフ首相も国会議員ではありません。なのでエンフバヤル元大統領が総選挙に立候補できなくても何の問題もないのですが、ともあれ党ばかりか同盟でもエンフバヤル元大統領の存在感ばかりが目立つ状況です。
その選挙戦ですが、「あなたと私の同盟」は腐敗一掃、反モンゴル人民党・反民主党、天然資源のモンゴルの取り分拡大を前面に押し出しています。この点は新同盟と重なるのですが、「あなたと私の同盟」の場合は拡大した取り分での国民への住宅提供等、国民への直接配分を主張している点、あるいはモンゴルの剥奪感を煽っている点で特徴的と言えます。以下の記事は最たるもので、モンゴル最大のオヨー・トルゴイ銅鉱について、権益の過半数を得られないことの損害を主張しています。
このような主張自体は、濃淡の差こそあれ、モンゴルでは決して珍しくはありません。ただ「あなたと私の同盟」に関して気になるのは、首都ウランバートルでNGO「ボソー・フフ・モンゴル」の代表が立候補している点です。
この団体は外資主導による鉱山開発からの環境保護を掲げている、と言えますが、過去に外国人への暴力事件や、LGBTへの嫌がらせが報じられており、中には「極右」や「ウルトラナショナリスト」と断ずる向きすらあります(もっとも、人民革命党自体は左派とみられることがあるのですが)。
今回の総選挙でエンフバヤル元大統領の立候補が認められなかった際も、メンバーが選挙中央委員会に乗り込み、警察と小競り合いを起こす事態になっています。
モンゴルでは2010年代以降、環境保護、資源権益拡大とナショナリズムの三者が混ざり合う現象が見られていて、この現象をどう読み解くかが今の私の関心事です(だから現地に行きたいんですが……)。
それだけに、それら三者を掲げた団体の動きは興味深い反面、モンゴル人ではない身からすると、そのような団体が人民革命党という目立った第三勢力と結び付いて政界に進もうとすることは、少なからず気になるところではあります。