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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

モンゴル2024年国会総選挙総括(下)

 

 2024年国会総選挙総括エントリの続編です。第三勢力で議席を得た政党・同盟について、そして選挙全体についてのまとめになります。

 

 

 

これまでの内容

 

 2024年6月28日(金)に投開票が行われた国会総選挙について、前回から2回に分けて総評を行っています。前回のエントリはこちらです。

 

www.3710920.com

 

 ここからは続編です。第三勢力で議席を得た人間党、国民同盟、市民の意志・緑の党について、そして選挙全体についてのまとめになります。

 

6. 人間党:議席増加も与党を崩せず

 比例代表制導入で議席の大幅増が見込まれた人間党。在外投票では人民党と民主党を抑え、最も多い票を獲得しました。

 

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 ただ、8議席というのは躍進と呼ぶには微妙な結果です。特に選挙区での獲得は首都での2議席のみ。地方での浸透というかねての課題があらためて明らかになった上、その首都でも人民党を切り崩すには至りませんでした。

 また、2024年5月に成立した改正国会法によって、国会議員団(院内会派)を結成するには10議席が必要になりました(29.1)。また他党・同盟との合同議員団は結成できないため(29.4)、人民党・民主党と比較すると、党所属議員がまとまっての活動には限界があります。

 

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 それだけに、あと2議席は獲っておきたかった、というのが人間党の本音ではないかと思われます。

 

7. 国民同盟:帰ってきたノムトイバヤル

 もともと議席のあった3党と比較すると、国民同盟と市民の意志・緑の党にはまだ「勝った」感があります。

 まずは国民同盟。法廷闘争を経て立候補の権利を勝ち取ったノムトイバヤル代表をはじめ、4人が比例代表議席を獲得しました。特に、フレルスフ大統領(当時首相)との政争に敗れ、腐敗のかどで実刑まで経験したノムトイバヤル代表の復活は、今回の総選挙でも大ニュースの1つと言えるでしょう。

 そのノムトイバヤル代表は初回本会議後に記者団のインタビューを受け、フレルスフ大統領とは可能な部分で対立を収め、相互理解に努めると語っています。

 

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 と言いつつ、議員宣誓の際には定例となっている大統領と首相への挨拶を行わなかったとして記事になっているのですが。

 

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 先程のインタビューで、ノムトイバヤル代表は人民党復帰を否定。また連立政権にも加わらないとしています。野党としての立場を貫くのは間違いないでしょう。

 ただし、緑の党と民族民主党の同盟関係がどこまで続くのかという疑問はあります。もっとも、人間党同様国会議員団を結成できるわけではないので、同盟が継続するか否かは。国会議員の活動にさほど影響しない気もします。

 

8. 市民の意志・緑の党:第三勢力糾合失敗の禍福

 第1・第7選挙区の結果に加えて意外感があったのが、市民の意志・緑の党の4議席獲得でした。事前予想では0~4議席を見込んでいたものの、以前も書いた通り、創設者で長らく党を率いたオヨーン氏を欠いた今、党は顔らしい顔を欠く状態で、むしろ議席ゼロの方が可能性が高いようにも思っていました。

 にもかかわらず4議席も得られた理由として、冒頭で示した記事では、オヨーン=エルデネ首相がインタビューでたびたびゾリグ氏殺害事件について語ったことが、「ゾリグ党」の意図せざるPRになったためではないかとの見方が示されています。私もなるほどそうか、と思います。

 加えて、比例代表名簿2位に記載されたナラントヤー=ナラ副党首の効果もあったかも知れません。アーティストにしてフォロワー46万人を誇るFacebookアカウントの持ち主の影響力を見落としていたのは私の反省点です。

 

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 バトバータル党首は総選挙前、国会に議席を有しない全ての政党が同盟を構築して総選挙に参加するよう呼び掛けていました。ただ大同団結はおろか同盟構築すら果たせず、総選挙後は残念がる場面もありました。

 

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 ですが、仮に他の2党以上との同盟が成っていた場合、比例代表での議席獲得の閾値は7%に上がり、議席ゼロに終わった可能性もあります。人民党や民主党の得票を考えれば、選挙区で候補者を統一しても意味はありません。中小政党糾合を全く果たせなかった市民の意志・緑の党ですが、中途半端に成功するよりはかえって良かったのかも知れません。

 

9. おわりに:唯一の勝者はモンゴルの民主主義

 以前のエントリで今回の総選挙結果について「勝者なき選挙」と評しました。ただ、あらためて考えると、全ての勢力が敗者だった、あるいは痛み分けだったりとまでは言えないかなと思い直したところです。議席の絶対数は5政党・同盟いずれも増えましたし。

 とはいえ、総選挙に参加した政党・同盟のうちに真の勝者を見出せないのも確かです。人民党は選挙区2カ所で獲れるはずの議席を落とし、民主党は第1党に遠く及ばず。人間党は議席数1ケタにとどまり、国民同盟と市民の意志・緑の党議席こそ得たものの、人民党が割れない限りキャスティングボートを握るのは困難です。

 ただ、それでも勝者がいるとすれば―それは、モンゴルの民主主義そのものではないでしょうか。

 今回の総選挙に関しては、国内外の選挙監視員からいくつも問題が指摘されています。総選挙前の給与水準や年金引上げが与党を利したという見方もあれば、投票日の事務的なミスが発生したほか、ジェンダー平等や法務面でもまだまだ改善点はあるようです。

 

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 ですが、総選挙自体の民主性や正当性を否定する意見は、私が見る限り出ていません。全くないことはないのでしょうが、報道になるほど一般に広がったものにはなっていません。

 そして、結果をめぐる社会不安や混乱は、これまでのところ起きてはいません。こちらも見方によってはゼロではないのかも知れませんが、警察や軍隊が動かねばならないほどの騒ぎは、これまでのところ報告されてはいません。

 つまり、さまざまな問題や改善点を認めた上で、それでも、モンゴルが今回も自由で民主主義的な選挙を行うこと、そしてその結果に基づいて、平和裏に民主的な国会の引き継ぎを始めることができたとは言えます。それも、近隣諸国がますます権威主義を強める中でのことなのです。

 今回の総選挙によって、モンゴルの民主主義が生きていることが国内にも世界にも示されました。だとすれば、政党・同盟の勝ち負けはどうあれ、モンゴルの民主主義は勝ち切った。敗れも破れもせずに遂行された。このことが、総選挙の最大の成果と言えるのではないでしょうか。