2023年夏、モンゴルの首都ウランバートルは過去60年に例を見ない豪雨と洪水に見舞われました。今回のモンゴル訪問では、浸水した地域の状況を確認してきました。
モンゴルの夏は貴重な雨の時期でもあります。といっても日本の梅雨にはまるで及ばない雨量なのですが、降水量自体が少なく、ゆえに土地の保水力の小さいモンゴルでは、日本では大したことのない雨でも、すぐに洪水につながる恐れがあります。
そして今年の7月初頭、折からの雨で首都ウランバートル周辺や北部セレンゲ県を中心に洪水が発生。ウランバートルでは市内中心部を流れる河川が氾濫、浸水や停電等の被害が生じました。
被害の様子は現地報道が伝えています。モンゴル語になりますが、写真をご覧いただければ状況はご理解いただけることでしょう。ただし災害の写真なので、見るのがしんどい方は、無理をする必要はございません。
とくに、今回私が訪れるセルべ川流域の被害状況は、下記記事の写真でご覧いただけます。
ただし、被害はこれらだけに止まりませんでした。大雨はその後も降り続け、河川の流量はさらに増加。セレンゲ県では橋梁倒壊にトラックが巻き込まれて運転手が行方不明になりました。
さらに8月には別の地域でまたも豪雨が発生。大規模な洪水を引き起こし、4人が亡くなる事態になってしまいました。
スフバータル広間では市民が犠牲者を悼み、献灯を捧げました。
ただし、モンゴルでも多分に漏れず、天災とは人災です。被害が拡大した要因として、堤防の整備に問題があったこと、洪水リスクがある地帯に建物が建てられていたこと、さらに洪水対策で必要となる堰や水路を封じて建物を建てたことなどが挙げられています。
そして、これらの背景とされるのが、いまやモンゴルの宿痾となった腐敗です。これらの建物の建築や土地利用許可についても、腐敗があったとの疑惑が持ち上がっています。
民主化以降、たまりにたまった腐敗が相次いで露呈するばかりか、新たな腐敗すら生まれているモンゴル。60年に一度とされる今回の洪水も、その根深さと深刻さを表す一端と言えるでしょう。
今回モンゴルを訪れた目的のひとつが、豪雨・洪水の被害を受けた地域の現状を自ら見て知ることでした。そのために、7月豪雨で洪水が発生したセルべ川流域に赴きました。
目の前にあるのがセルべ川です。ただ川の流れは途絶えているに等しく、洪水があったとは信じられないほどです。
しかし、先述の通り土地の保水力が脆弱なモンゴルでは、ひとたび雨が降れば水は土地にあまり浸み込まず、低きを求めていきます。なのでウランバートルでは川や水路に流れ込むことになります。
そして、両岸を見ると、川のすぐそばまでビルが迫っているのが分かります。さらに見ると、堤防を超える流水があったのか、左岸には土嚢が今も積まれています。もっとも、「堤防」というにはあまりに低くはありますが……
左岸を歩いてみることにします。土をかぶせられた土嚢が今も残っています。とはいえ、それら込みでも、大雨で増した水かさに対応できたとは思えません。
足を進めると、さらに建物が迫ってきています。先程は曲がりなりにも堤防と言えそうなものがありましたが、もはや堤防の上に建物が建てられているような状態です。高く積まれた土嚢が崩れたら、1階部分はひとたまりもないでしょう。
それでも建設工事は続きます。コロナ禍が明けて経済活動が戻ってきたモンゴル。そして、それ以前からのウランバートル一極集中、日常と化した渋滞と公共交通機関の不足さ、郊外のインフラの貧弱さが、市内中心部の建設ラッシュの要因となっています。
橋を渡って右岸へ。どこからが河原でどこからが堤防か分からないほど生い茂った草木の際に土嚢が並べられています。そしてその向こうのアンダーパスが洪水で浸水したのは、おそらく皆さん容易にご想像がつく通りです。
アンダーパスを抜けた先では、堤防下の道路に多数の土嚢が置かれていました。詳しそうな人が周囲におらず分からなかったのですが、おそらくこれから撤去されるのではと思います。
一方で、今も堤防上に土嚢が積み込まれた場所もあります。堤防が崩れたところを何とか防ごうとした跡でしょう。
堤防上に出てみました。堤防から生えた草木がなぎ倒されたままになっていて、洪水の被害を物語っています。
対岸では川のすぐそばに住宅が立っています。玄関の上には、食料品店の看板が架かっています。そして、そこから流水を遮るべく、1階の窓の下半分を覆うほどの高さまで、土嚢が積まれています。
この土嚢がなかったら、どうなっていたか……いや、そもそもそんなところに、なぜこのような住宅が建てられることが許されたのか?
対岸では堤防の復旧工事が始まっているようで、重機と人々が作業をしています。
堤防上に置かれた重機。ただ、堤防自体を今後どう強化していくのか、首都政府の方針はとんと聞きません。
さらに歩いていると、堤防の奥、右岸側に、高層住宅に囲まれたビルが見えます。白地に青の看板が掲げられている建物です。
近づいてみて、驚きました。「Sアウトレット」、報道で何度となく繰り返し見た建物です。
2023年の豪雨・洪水を受けて、洪水リスクのある所に建物が建てられていたことが相次いで報道され、これが世論の批判を巻き起こしました。
Sアウトレットは、そのような建物としてとりわけ槍玉に上げられたひとつです。というのも、この建物がセルべ川の水流を堰き止める形で建てられたと言われたためです。
上記記事では洪水時の写真が掲載されています。記事で掲載された写真では、中央左側にSアウトレットの建物があり、その右上から下方向に並木がカーブして植わっています。これが本来のセルべ川の水流です。つまり、セルべ川がSアウトレットの建物の手前から、左方向に曲がっているというわけです。
そして記事では、当時の首都知事がSアウトレットを撤去する方針だと記しています。「当時の」というのは、のちに発覚した別の腐敗事件によって、彼が辞職したためです。
Sアウトレット近くのセルべ川。建物が川のすぐそばに立っているのが分かります。そして、堤防らしい堤防はありません。流された柵の跡やなぎ倒された草木が、洪水の被害を露わにしています。
しかし、Sアウトレット側は自分たちが川の流れを変えたわけではないと主張、建設当時からの空中写真を掲げて抗議しています。
長くなるので(既に長いですが)細かい解説は省きますが、土地取得前後、さらに建設工事開始や建物完成時、さらには今年までの間に流路が変わっていないことを、google earthの写真を示して主張しています。
すぐ近くに別の幕が張ってありました。何かと思ったら、交通制限の案内でした。
9月4日から6日の17時から翌9時にかけて、土嚢撤去のため道路を通行止めにするとのことです。
「Sアウトレット」と書いてあるのが目に留まったのですが、建物の撤去ではないようです。知事の撤去方針は出たものの、反対もあるのですぐに実施はできないということでしょうか。
ただ、日本に帰って続報を探していたおりしも、先週末(2023年10月27日)の現地報道で、Sアウトレットの隣にある2階建ての建物の解体が始まったとのニュースが入ってきました。経済・インフラ担当のサインゾリグ首都第1副知事によれば、Sアウトレットから解体への反対はなかったということです。
今後もモンゴルから洪水の懸念がなくなることはないでしょう。むしろ気候変動の影響を考えれば、これからさらに異常気象が多くなり、ゆえに洪水のリスクが高まることは十分想像されます。
それだけに、150万人を超える人々を洪水からどう守るかは、ウランバートルにとって避けて通れない課題です。しかし、市民の生命と財産を守るという公益を、法規を曲げてでも私益を追い求める腐敗からどうすれば守り通せるのか、答えを出すことは容易ではありません。
中央・地方政府、民間組織、そして市民が、中長期的に見てありうべき災害よりも短期の個の利得を優先する状況と決別できるかが問われています。
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