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札幌交響楽団第660回定期演奏会でアイヴス「交響曲第2番」を聴いてきました

 

 札幌交響楽団第660回定期演奏会にアイヴス「交響曲第2番」を聴きに行ってきました。はい、自分でもどうかしている自覚はあります。

 

 

 毎年が作曲家や演奏家・指揮者の誰かのメモリアル・イヤーになるのがクラシック界。そして今年はアメリカの作曲家チャールズ・アイヴス(1874-1954)の生誕150周年に当たります。なのになかなか演奏機会がないと思っていたら、札幌で交響曲第2番が演奏されるというので、頑張って行ってきました。

 といっても、そもそもダレ?という方が多いと思います。クラシックの世界では日本でいまだ知られていないアーティストがたくさんいるのですが、アイヴスの場合は最晩年まで本国アメリカですらほとんど認識されていませんでした。

 というのも、彼は音楽教育こそ受けたものの、卒業後は「素敵な妻や子どもがいる奴が、不協和音のために子どもたちを飢えさせられるもんか」*1と言って本職の音楽家にはならず、生命保険販売のビジネスで成功してしまったためです。かと言って不協和音を書かなかったわけではなく、むしろ当時としてはあまりに前衛的な作品をアマチュアとして大量に作曲し続けていました。

 今回演奏される交響曲第2番も、その中の1曲です。1900~02年に作曲されたこの作品は、調性こそ保っているものの、ほぼ全曲が民謡や讃美歌、歌曲等々のコラージュ、しかもそれらがときに同時進行するという、全くもって時代に先行し過ぎたシロモノで、他の多くの作品と同じく、演奏の当てもなく作られ、実際長く実演されないままでした。

 とはいえ、第2次世界大戦が終わって現代音楽の時代になり、世の中がようやく彼に追いつきます。1946年には交響曲第3番「キャンプ・ミーティング」の初演に続き、1951年に交響曲第2番がレナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによって初演されます。以後、通常のオーケストラ編成で対応可能で、かつアイヴスの作品世界やコラージュされた旋律の魅力が詰まったこの作品は、おそらくアイヴスの作品では相対的に演奏機会が多くなっています。

 余談ですが、私が学部生で大学のオーケストラにいた頃、昔の演奏会のパンフレットでこの作品がプログラムに載っていたのを見つけた記憶があります。その記憶によれば、プログラムにはその演奏が日本初演と記してありました(あるいは何か限定付きの初演かも知れませんが)。ただ四半世紀以上前の話ですし、記憶が正しいかどうかは分かりません。大学もキャンパスも無くなったので、資料はもう残っていないでしょう。

 話を戻して、バーンスタインによって世に知られるようになったアイヴスの交響曲第2番ですが、それが以後の演奏者にはかえって足枷となっている観があります。というのは、バーンスタインは演奏に際してかなりのカットや改変を加えており、演奏を聴いても旋律どうしの衝突や不協和がかなり緩められている(と私には感じられる)ためです。とりわけ最終楽章の最終部分は、オーセンシティという点では大問題と言えるでしょう(アイヴス自身は楽譜の正誤にこだわらなかったようですが)。

 ただ、最も厄介なのは、そのような彼の演奏が、かえって作品を聴かせることに成功してしまったことです。後に楽譜に忠実な演奏がいくつも出ていますが、自身も作曲家であったバーンスタインが手を加えた演奏と比べると、迫力や効果という点でなかなか及ばない。楽譜に忠実な名演というのが、他の作品に増して難題となっているように思われます。

 今回の演奏会でも、事前の公式アカウントによるツイート(ポスト)で楽譜通りに演奏する旨が告知されていました。これは歓迎できる反面、これは分が悪い賭けに出たかも知れないぞと、一抹の不安を覚えたのも正直なところです。

 はたして演奏を聴いてみると、ことごとくバーンスタインの逆を言っている印象を受けました。会場にスコアを持ち込んだわけではないので、厳密には確認していませんが、これがスコアに忠実であろうことは間違いないでしょう。少なくともカットはされていませんでしたし。

 はたして「賭け」が成功したかどうかは、聴く側それぞれの判断です。ただ、私自身はと言われると、納得のいく演奏であった、という感想です。とくに第5楽章では、納得のいくエンディングにようやく出会えたと思いました。あるべきカオスとパンチライン(オチ)はこうなのだろう、と言いますか、これが聴けたのは収穫でした。

 

 ……とアイヴスの交響曲第2番について長々と書きましたが、本日のメインはこれではなくて、その後、チャイコフスキー交響曲第4番だったんですよね(汗)

 というわけで簡単ながら書いておくと、良い意味で手慣れた感じにあふれた演奏でした。というのは、慣れた曲だからと言って「流す」ように演奏するのではなく、慣れているからこそできる攻めの演奏ではないか、ということです。冒頭のホルンからして迫力でしたし、フィナーレなど最たるもので、65回の演奏歴は伊達じゃないと実感しました。

 

 まだ関西にいた頃、大阪シンフォニカ―(現大阪交響楽団)がハンス・ロットの交響曲第1番を演奏した時、埼玉から聴きに来た人がいたと知って、わざわざ関東から大阪まで来るもんなんだなぁと驚いたことを覚えています。

 そんなことを書くと、アイヴスの交響曲第2番のために高知から札幌まで行くヤツの方が驚きだよと言われても仕方がないのですが、ともあれ早朝から飛行機を乗り継いで行った甲斐がありました。

 

※ 本エントリ作成に当たっては札幌交響楽団第660回定期演奏会パンフレットおよび札幌交響楽団旧twitter公式アカウントのツイートを参照しました。

*1:If he has a nice wife and some nice children, how can he let the children starve on his dissonances?