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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

2023モンゴル訪問記録(4)ウランバートル・グラフィティ

 

 国際シンポジウムを無事終えて、これからはウランバートル市内の調査に出かけます。結果はいずれ研究成果としてまとめたいのですが、そこからはみ出そうな、市内を歩いて見つけた諸々を、本エントリから紹介していきます。

 

 

 

 ホテルの向かいの集合住宅に、でかでかとカゴメケチャップの広告が出ています。「結構人気なんですよ」とはシンポジウムでご一緒したモンゴル人の言葉ですが、それにしても集合住宅にこうも大きな広告を出すのが、らしいというかなんというか……

 

 

 当ブログでもこれまで何度となく取り上げてきたウランバートルの渋滞問題。解決の兆しがまるで見えず、昨年になって政府が担当大臣を任命して対策に乗り出すほどになっています。

 そのような対策として、中心部の道路にバス専用レーンが設けられました。一般レーンで数珠つなぎになるクルマを横目に、最近導入された2階建てバスが悠々通過していきます。

 

 

 歩いてモンゴル人民党本部前まで来ました。

 本部前のプレート、今年は「デジタル政党2.0」というキャッチフレーズが書いてあります。2,0とはどこがどう2.0なのかは、よく分かりません。


 

 この辺りで電柱を見ると、ローマ教皇の訪問中だけあって、それぞれヴァチカンとモンゴルの国旗が一緒に飾ってあります。

 

 

 ウランバートルの中心、スフバータル広場にやって来ました。ここでも奥の方に、ヴァチカンの国旗が掲げられているのが見えます。

 

 

 モンゴル・ヴァチカン両国の国旗を背後から眺めるチンギス・ハーン像。

 モンゴル帝国時代、といってもチンギス・ハーンの没後ですが、ローマ教皇インノケンティウス4世が使節プラノ・カルピニに託して第3代グユグ・ハーンがへの親書を送り、ハーンがカルピニに対してその返書を渡したことがあります。返書はラテン語・ペルシア語で書かれ、カルピニを介して教皇庁に届けられています。

 今回の訪問で、教皇フランチェスコ1世からフレルスフ大統領に対し、その返書の写しが贈呈されました。モンゴル国内の報道と写真から、これは1920年教皇庁で発見されたペルシア語原典の方の写しであるようです。

 

www.montsame.mn

 

 今回の教皇のモンゴル訪問については、グユグ・ハーンの返書が届けられてから7世紀を超えての出来事と言われたり、モンゴルとヴァチカンとの長い交流の歴史を象徴するようなアピールや受け止め方をちらほら目にします。

 もっとも、親書の内容はハーンが教皇らを呼びつけた高圧的なものですし、当時の教皇からキリスト教への改宗を勧められたのを却下し、教皇キリスト教徒を批判するものであるわけで、傍から見ている分には、良いのかなぁそれで、とは思ってしまいます。いや、当事者が良いなら良いんですけど。

 ちなみに、グユグ・ハーンの返書のラテン語版とペルシア語版の日本語訳、及びラテン語版の問題については、海老沢哲雄(2004)「グユクの教皇あてラテン語訳返書について」『帝京史学』19(2)59-83を参照しました。

 

 

 さらに歩いて、アルド・キノー(人民映画館)まで来ました。

 この建物は社会主義時代に映画館として建てられ、民主化後も永く利用されながら昨年突然の解体工事が始まり、首都政庁(日本でいう都庁)から緊急の工事中止措置が下される騒ぎがありました。

 

www.3710920.com

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 ただ、昨年現場を見て以来、その後の動向がまるで入ってきていなかったので、気になっていたのです。

 それではたして来てみると、建物の周囲が柵で囲われているのは変わりません。ただ、その柵にでかでかと落書きがされています。

 

 

 見ると、「モンゴル国勲功俳優ソソルバラム……」と書いてあります。ソソルバラム氏と言えば、肩書にもある通りモンゴル国を代表する俳優の一人です。と同時に、民主化勢力に起源をもつ民主党の長年の支持者としても知られていて、2020年以来の民主党の内紛でもたびたび登場しています(内紛が収まってから、出番は少なくなった観がありますが)。

 しかし、その彼がどうしたのでしょうか?

 

 

 先程の落書きと合わせると、上の段は「モンゴル国勲功俳優ソソルバラム、あなたの強欲に限度はないのか!」という内容になりそうです(結構意訳しています)。

 一方下の方は謎です。現代モンゴル語で考えにくい字の並びになっていますし(私が常用するBawdenのモ英辞典ではсос-で始まる見出し語すらない)、言葉遊びにすら思えてきます。

 

 

 先程の落書きをまとめて撮影しました。上段の最後ですが、本来алга ууとなるべきところ、語末のалгаのаが抜けたものと判断します。

 謎の下段の文言ですが、ただ最後の「財産を取ろう(買おう)」というのだけは分かります。取ろうと買おうでは意味がだいぶ違うように思われるでしょうが、そういうモンゴル語の動詞です。文脈次第では「奪おう」にもなります。

 なので、これだけでは、ソソルバラム氏が非難されていることぐらいしか分かりません。他にも落書きがあるようなので、見てみることにします。

 

 

 「アルド・キノー・テアトルはモンゴル人民の財産だ」上下2段でそう書かれています。

 昨年の解体騒ぎと合わせて考えると、解体の動きがまだ残っていて、解体に反対する人がこれを書いた、というひとつの推理が成り立ちます。ただ、ソソルバラム氏との直接の接点がまだ見えません。

 

 

 建物側面、南側には「ソソルバラムから人民が財産を取ろう!財産をよこせ!」とあります。

 なんとも不穏な落書きですが、ここで気になるのが「人民」「財産」という言葉。先程の「アルド・キノー・テアトルはモンゴル人民の財産だ」という落書きと合わせると、ここでの「財産」=アルド・キノー・テアトルという図式が可能になります。

 モンゴル語の細かい話ですが、「財産を取ろう」というくだりの「財産」には再帰形の表現になっています。つまり、「財産」が文中に登場する主体の持ち物であることを示す表現です。ということは、この文でいう「財産」とはソソルバラム氏の財産だと判断できます。

 

 

 反対側の落書きです。長いので分けて撮影することにしました。ここでも「財産」という言葉が出てきます。


 

 続きのところで一つの文が終わりました。多少意訳も入れれば「ソソルバラムは人民の財産を弄んで満足していないのか!」というところでしょうか。

 ここでも、「人民の財産」がアルド・キノー・テアトルを指すとするならば、ソソルバラム氏がこの建物を所有して、自分の意のままにしている、少なくとも落書きの主はそう考えていることになります。

 

 

 直後の文です。「文化遺産となったアルド・キノー・テアトルを取り戻そう!」と呼び掛けています。

 

 

 さらに続きです。上から別の落書きがしてあって、見づらいところもありますが、「16階建て住宅建設反対」という内容です。ここでわざわざ関係ない土地の建設計画について書くとは到底思えないので、アルド・キノー・テアトルのある場所に、このような建設計画があるのでしょう。

 では、これらを総合するとどうなるか?

 まずひとつ成り立つ推理です。落書きの主は、ソソルバラム氏がアルド・キノー・テアトルを所有していて、その敷地に16階建ての住宅を建設しようと計画しているものと考えている。当然それにはアルド・キノー・テアトルの解体が伴うため、それに憤慨したことから、これらの落書きに至った―私の見立てはこうなります。

 もっとも、これはあくまで推理です。書いておいてなんですが、上記については裏付けが何ひとつありません。先程も書きましたが、アルド・キノー・テアトルに関する現地報道は、先に示した解体騒ぎ以降、私の手元には入ってきていないのです。

 つまり、アルド・キノー・テアトルをソソルバラム氏が所有しているかどうかも、まして解体して高層マンションをたてようとしているかどうかも、判断する根拠がないのです。

 だとすれば、もうひとつ、まるで異なる推理すら可能です。つまり、住宅建設計画などなくて、ソソルバラム氏が気に入らない人物が彼を陥れるために仕立て上げた陰謀に過ぎない、という推理です。

 こちらは突飛な話に思えるかも知れません。ですが、ソソルバラム氏には反対者も少なくはなく、彼がロシアのウクライナ侵略への抗議デモに参加した際には粉末をかけられる事件も起きています(後に粉末は小麦粉だったと判明)。

 

medee.mn

asu.mn

 

 何より、モンゴルのニュースをチェックしていると、口コミやSNS投稿、あるいはメディア報道に対して、当事者が根拠のない風聞、虚報、あるいはデマであるとして否定するのを目にすることは日常茶飯事です。そのような否定には正しいものもあれば、そうでないものもあるでしょうが、モンゴルでも火のないところに煙は簡単に立ってしまうのです。

 それだけに、落書きの内容の真偽を判断するには慎重でなければなりません。なればこそ、第2の突飛な推理も頭に入れておかないといけないのです。

 

 

 アルド・キノー・テアトルの落書きの話が長くなってしまいました。ただ、個人的により気になったのが、こちらの落書きです。ご存知『ハムレット』の一節ですが、これがしないあちこちに書かれているのです。流行語なのか、ドラマか何かで使われたのか、あるいはこういうグループやネットワークがあるのか? 詳しい情報をお持ちの方はぜひご教示ください。

 

 

 さらに歩いて、国立百貨店向かいのビートルズ像へ。こちらは像の裏側、アパートの入口で弾き語りをする若者のモニュメントです。

 ただ、背景のカラーリングは、以前とは違うような。と思って過去エントリを見たら、はたしてそうでした。

 

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 これは狙ってのものなのか、それとも……

 夏休みが終わり、再び動き出したウランバートル。街を歩くだけで、いろいろ燻っているのが見える気がします。

 

[前回エントリ]

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[次回エントリ] 

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