ロシアのウクライナ侵略が始まって1ヶ月間、モンゴルは国際社会の抗議には同調せず、さも何もなかったかのように振る舞っています。ここから上・下に分けて、モンゴルの沈黙とその背景、さらに今後について考えてみます。
- 1. ウクライナ侵略を「見て見ぬふり」のモンゴル?
- 2. モンゴルの事情(1):ロシアへのエネルギー依存と親近感
- 2. モンゴルの事情(2):機械類輸入元としてのベラルーシ
- [2022年3月27日:用語を修正しました]
1. ウクライナ侵略を「見て見ぬふり」のモンゴル?
2月24日にロシアがウクライナへの侵略を始めてから1ヶ月が経過しました。戦争の状況については、信頼に足る専門家の検討に頼ることとしましょう。
ただ、この間気になっているのがモンゴルの「沈黙」です。侵略開始当初こそ、バトツェツェグ外相から記者会見で当事者に対して話し合いによる解決を求める発言がありましたが、それ以降、モンゴル政府による公式な声明等は確認できていません。
(バトツェツェグ外相の発言)
また、モンゴルは国連総会緊急特別会合で圧倒的多数で採択されたロシア非難決議に対して、2回とも棄権しています。
(1回目の決議について)
(2回目の決議について)
それどころか、モンゴルはこの間もロシア・ベラルーシとの交流を続けています。侵略開始翌日の2月25日にはモンゴル・ベラルーシ政府間会合がオンラインで開催されています。
そして2月28日には、ロシア・モンゴル・中国を結ぶ天然ガスパイプライン建設に向けた探査作業の開始についての合意文書への署名式典がオンラインで開催されました。ロシア側からはガスプロム社のミレルCEO、モンゴルからはアマルサイハン副首相らが出席しています。
さらに、3月にはヨンドン鉱業・重工業相らがロシア・ベラルーシの2ヶ国を訪問しています。ベラルーシでの日程は報じられていませんが、ロシアでの予定は主に石油のモンゴルへの輸入に関するものだったようです。
そればかりか、モンゴルが欧米諸国による対ロシア制裁の抜け穴になっているのではと疑いたくなる動きすらあります。3月21日の報道によれば、ウランバートルからの旅行者が大型のカバンで大量のドル札を運んでおり、モンゴルがドル不足に陥っているとの風聞がロシアのブリヤート共和国で拡散されているとのことです。これについて、記者ウランバートルの外貨交換市場のブローカーに確認したところ、噂されているような大量ではないものの、ドルを買い付けた人々が北=ロシアにドルを持ち出しているとの回答でした。
これらの動きは、ウクライナ侵略に対抗し、ロシアと対決しようとする世界各国の姿勢とは明らかに異なります。それらの国々から距離を置くどころか、侵略に対して「見て見ぬふり」をしているとすら思われるぐらいです。
ではなぜ、モンゴルはこうもロシア・ベラルーシに「甘い」のでしょうか?
2. モンゴルの事情(1):ロシアへのエネルギー依存と親近感
モンゴルがロシアに対して宥和的な態度をとり続ける大きな理由は、やはり石油・電力のロシア依存でしょう。ロシアはモンゴルにとって最大の輸入先であり、ジャブフラン蔵相によれば、ロシアからの輸入の75%が石油製品です。
また、全国の電力網が整備されていないモンゴルでは、電力もロシアからの輸入に頼っています。特に西部に関してはロシアからの電力供給がないと成り立ちません。
ただし、これらに加えて無視すべきでないのが、モンゴル国民の間で幅広く行き渡る親露感情です。モンゴルの都市と地方で毎年行われている世論調査「ポリトバロメートル」によれば、「モンゴルのベストパートナー」を問う設問に対して、結果が確認できるすべての年において、圧倒的多数がロシアと回答しています。参考までに、最新の結果を下に示します。
■ Politobarometer, No.20 (2021)
この背景にはソ連時代のモンゴルへの支援があります。以下、厳密な話をすると長くなるので簡単にまとめますが、モンゴルは旧ソ連の後押しで独立を回復した国であり、近代化に際しても全面的な援助を受けています。ペレストロイカ、ソ連消滅やモンゴル民主化の時期には一時的に関係がこじれることもありましたが、それもロシアの大幅な譲歩で解決しています。
さらに、ロシアメディアの影響も考慮すべきでしょう。モンゴルでは日本よりもはるかに外国放送の受信が容易です。隣国ロシアのテレビ放送を日常的に見られる環境にあるということです(余談ですが、私も留学時代に当時のORTでロシア語版ポケモンを見ていました。ロシア語は全然できませんが)。
それだけに、ロシア発の情報に日常的に接し、そちらを信じる人々が存在したとしても、驚くにはあたりません。特に社会主義時代を経験し、ロシア語教育を受けた中高年にとっては、欧米日の報道よりも受け入れやすいかも知れません。もとよりこれらは仮説ですが、検証には値すると思います。
つまり、燃料・エネルギーへの依存に加え、心理的な近しさが、ロシアへの断固たる態度をモンゴルにとらせていないと考えられるのです。
2. モンゴルの事情(2):機械類輸入元としてのベラルーシ
他方、ロシアのウクライナ侵略の以前から、モンゴルはベラルーシへの制裁に同調していませんでした。この背景には、モンゴルが機械類について、ベラルーシからの輸入に頼っていることが考えられます。
モンゴル政府はベラルーシ政府との間で輸出融資協定を結んでおり、昨年6月には食糧・軽工業省がベラルーシから農業機械552台を購入しています。
また、10月にはバトツェツェグ外相がマケイ・ベラルーシ外相と会談。協定に基づいて実施中の農業・道路輸送プロジェクトについて重視を続けることで合意しています。
また、2021年にはベラルーシからの道路保全用機材を地方に配備。記念式典が行われました。道路・運輸開発省のなんか気合の入った動画ニュースをどうぞ。
モンゴルの農耕は社会主義時代に旧ソ連から導入された、大規模機械を用いたものです。そのため、旧ソ連からの流れを汲む機械の方が、現場では扱いやすく、かつ部品も調達しやすいことは、容易に想定されます(あくまで想定ですが)。
さらに、ベラルーシからは家畜の輸入も行っています。モンゴルからではありません。ベラルーシからです。固定家屋での畜産用に肉牛と乳牛を輸入し、モンゴルの国内生産を増加させる、ということのようです。
モンゴルの統計によれば、モンゴルのベラルーシからの輸入は2020年に5202万5400ドル。輸入総額が52億9393万9400ドルなので、1%に僅かに満たない程度です。しかし、(部門別統計はないのですが)その中身はモンゴルにとって重要なものであり、簡単に切り捨てることは、おそらくできません。
これが、モンゴルがベラルーシへの制裁の素振りも見せない主な理由ではないかと考えられるのです。
ここまで見てきたように、モンゴル政府はロシアのウクライナ侵略に際して、いわば「見て見ぬふり」を通しています。特にベラルーシに対しては、欧米日からの独裁批判など我関せずという姿勢です。
もちろん、侵略と世界各国による対ロシア制裁の影響は、モンゴルにとっては甚大です。その影響については、もちろんモンゴル政府も検討しています。
ですが、他国への侵略と市民への無差別攻撃という許されてはならない行為に対して、モンゴルが何の反応も示していないことは否定できません。
記してきた通り、モンゴルにも事情があり、それは理解すべきなのですが、それにしても、これだけの非道からいつまでも目を背けることには違和感を禁じ得ません。加えて、モンゴルが「第三の隣国」と言っていた日本や欧米諸国が、いつまでもモンゴルの態度を見逃すだろうか、という疑問もあります。
では、このようなモンゴル政府のやり方は、国民の意見を反映したものなのでしょうか?声を上げる人は、モンゴルにはいないのでしょうか?そして、今後のモンゴルはどうなっていくのでしょうか?
世論調査によるデータが存在しないのと、事態が流動的なため、もとより正確な予測は不可能なのですが、(下)では報道や公式発表を基に、可能な限りの回答を試みてみます。
[2022年3月27日:用語を修正しました]
本エントリではロシアによるウクライナへの攻撃に対し、もともと「侵攻」の用語を用いていましたが、本日これを「侵略」と修正しました。
これは第1に、Yahoo! 個人オーサーの今井佐緒里氏が本日投稿された記事に賛同してのものです。
第2に、第29回国連総会で採択された国際連合総会決議3314号「侵略の定義に関する決議」、ならびに同決議に対する日本政府の態度を尊重するものでもあります。