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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

ロシアのウクライナ侵略に沈黙を続けるモンゴル(下)声を上げる人々、上げさせまいとする人々(3/27用語修正)

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 前回エントリでは、ロシアのウクライナ侵略に対して、モンゴル政府があたかも「見て見ぬふり」をしていることを見てきました。では、国民はどうなのか?そして、今後はどうなるのだろうか?現地の一次資料から考えてみます。

 

 

 

1. はじめに:前回エントリとその補足

 前回エントリでは、ロシアのウクライナ侵略後も、モンゴルがロシア・ベラルーシとの関係を、あたかも侵略がなかったかのように続けていること、そしてその背景にある事実を見ていきました。詳しくはエントリ本文をお読みください。

 

www.3710920.com

 

 なお、念のため繰り返しますが、エントリで述べてきた事実は、モンゴルが戦争の影響から自由であるということでは決してありません。間違ってもありません。

 ここで事実を追加しておくと、モンゴルのフラッグキャリア、MIATモンゴル航空は、今月途中からモスクワ便を運航していません。モスクワ経由のフランクフルト便も、南回りの直行となりました。

 

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 ただし、これは戦争反対が理由ではありません。記事にもある通り、ロシア領空を通過している際に万が一の事態があっても保険がおりないためです。同じ理由で、他の航空会社のロシア方面の航空路線も欠航になっています。

 では、モンゴルは国全体がロシアに対して宥和的なのでしょうか?ウクライナで起きていることを見逃そうとしているのでしょうか?

 そうではない、というのが事実です。これから見ていきましょう。

 

2. モンゴルでの戦争反対の声

 モンゴルでも戦争反対の声は上がっています。ここでは時系列でご紹介します。

 まず、2月28日には最大野党民主党から「プーチン率いるクレムリン指導者」によるウクライナ侵略に反対する声明文が出されています。

 

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 3月1日にはモンゴルで初となる反戦デモが首都ウランバートルの中心となるスフバータル広場で行われました。スフバータル広場はロシアの赤の広場に相当する場所で、政府宮殿(政府庁舎かつ国会議事堂)の真ん前です。

 

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 3月3日にはモンゴルの小麦粉生産大手のアルタン・タリア社では、幹部が工場にウクライナの国旗を掲揚。その後、これを警察が強制的に撤去したという主張が出た一方、警察側が否定する騒ぎとなりました*1

 

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 翌3月4日と5日にはモンゴル在住のウクライナ人を中心とする戦争反対デモがウランバートルで行われました。4日のデモはビートルズ像前、5日のデモは国立ドラマ劇場前で行われています。

 

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 ちなみに、モンゴルでビートルズ像!?と不思議に思った方は、下記エントリをぜひご参照ください。

 

www.3710920.com

www.3710920.com

 

 また、4日にはガンバト国会議員(民主党)が避難民救援目的で給与(歳費)1ヶ月分を寄付すると発表しています。

 

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 15日には定例の春期国会が開会、本会議場で開会式典が行われました。その際、ダムディンニャム国会議員(モンゴル人民党)が戦争反対を訴える三角POPを自身の座席に置いたことが話題となりました。

 

montsame.mn

 

 そして、今日12時(日本時間13時)にはロシア大使館前で反戦デモが行われる予定です。ここではTwitterでの情報提供を示しますが、Facebookでもお知らせいただいています。どちらもありがとうございます!

 

 

 ここまで見てきた以外にも、私が知らない形で、ロシアのウクライナ侵略に反対する声が上がっている可能性はもちろんあります。

 しかしながら、これらがモンゴル政府を動かすかと言われると、私は否定的です。その理由を次で見ていきます。

 

3. 「声」の限界:政争が妨げる団結

 モンゴルでの戦争反対の動きはまとまりを欠いています。あるいは広がりはあるかも知れませんが、それらが一丸となる可能性は、現時点では見えていません。

 第1の理由は最大野党民主党及び支持母体の内部分裂です。先程「民主党の声明文」をご紹介しましたが、実は民主党は2020年末から前党首エルデネ氏の一派と、エルデネ氏の党首辞任(後に事実上撤回、自身が党首と主張)後に代行となったトワーン氏の一派が対立、双方が党首や党本部を構えて正統性を争う事態となっています。

 なお、この点については『アジア動向年報2021』収録の拙稿「2020年のモンゴル」をぜひご参照ください。なお近日刊行予定の2022年版ではより詳しく解説しておりますので、そちらもぜひぜひお楽しみに。

 

doi.org

 

 さらに、民主党の支持母体*2「モンゴル民主連合」の分裂も露わとなっています。スフバータル広場でのデモを主宰したモンゴルフー氏*3はこの直後にモンゴル民主連合の代表に選出されたと主張していますが、実はモンゴル民主連合は前大統領のバトトルガ氏が長らく率いており、氏やその支持者らは代表選出を認めていません。主張の根拠等は私自身整理しきれていないので控えますが、モンゴルフー氏らが民主党のうちエルデネ派、バトトルガ氏らがトワーン派と重なっています。つまり、ここでも民主党の内部分裂が関連しているのです*4

 このように、モンゴルでは戦争反対を掲げる主な政治勢力が互いに対立している状況です。しかも、今も新たな党首を別々に選ぼうとしている状況です。司法も実質放置というか、自分たちで解決しなさい、という態度で、戦争反対で大同団結する展開は望み薄なのです。

 しかしながら、問題はそれだけではありません。モンゴルでも、戦争反対への反対の動きが見られるのです。

 

4. 「戦争反対」への反対

 モンゴルではウクライナ侵略に対して沈黙するに止まらず、反対の動きに反対する人々が存在します。

 先にご紹介したスフバータル広場での反戦デモの際は、超国粋主義(ultranationalism)団体とされる「フフ・モンゴル」「ダヤール・モンゴル」らがデモを妨害して騒動となりました。モンゴルフー氏はその中で殴打されたと主張しています。

 

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 後日、「フフ・モンゴル」「ダヤール・モンゴル」は記者会見を開き、デモへの反対理由を説明しました。そこで挙げられたのが、デモが国家の安全保障を脅かすこと、ロシア大使館の車からデモが監視されていたこと、ロシアとの戦争を回避しなければならないということです。

 

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 ちなみに、両団体以外にもモンゴルには超国粋団体やネオ・ナチが確認されており、性的少数者やモンゴル民族を含む中国国民への暴力も報じられています。古いですが日本語での情報もあります。

 

www.mn.emb-japan.go.jp

ameblo.jp

 

 個人的にはこのツイートがツボを押さえていて良いと思っています。

 

 

 そして、超国粋団体が恐れるロシア大使館は、3月24日に「民主党及びアメリカのリベラル支配への支持者への警告」と題し、ロシアの通信社RIAノーボスチを引用する投稿を行いました。ところが、これに対して他国の政党や国民への警告発出が外交儀礼に反するとして一般市民から批判の声が上がり、対外関係省がロシア大使館に公式に抗議する事態に発展しました。

 そのためか、現在この投稿は確認できない状態です。ただ、スクショはバッチリ残っています。

 

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 そして、ロシア大使館からは「親愛なる民主党員の皆さん!」から始まる投稿が上がっています。もっとも、主な内容は民主党への干渉は行っていないという主張と、先の記事内容の繰り返しで、「ああホンマ」の一言ですが…… 

 なお、こちらについてはリンクを貼るのは控えます。また消えるかも知れませんし、正直、私自身にとって読みたい文章ではないので。

 こちらもこちらで、私が未確認の動きはまだあるかも知れません。引き続きチェックしていきますが、他方で気になるのが、では今後どうなるのか、ということです。

 情勢が流動的で、得られている情報も決して十分でない中では、もとより正確な予測など不可能です。しかし、現時点で考えておくべきこと、心がけておくべきことはあるはずです。

 次に、それらについて見ていきましょう。既に長くなりましたが、一気に書き切りたいので、もうしばらくお付き合いください。

 

5. 今後について考えてみる(1) ロシアに対するモンゴルの動き

 ここからは、ロシアに対するモンゴルの動きが今後どうなるのか、それを踏まえて、日本がモンゴルにどう関わっていくべきかを考えてみます。

 まずモンゴルの動きについては、短期的、中長期的に分けて考えなければなりません。そして短期的には、前回エントリで見てきた理由から、モンゴルにとって変化の余地はあまりありません。ロシアと中国に完全にブロックされた「小国」モンゴルにとって、両国に対してあからさまに挑戦的な態度をとることには大きなリスクがあります。

 私自身は日本で生まれ育ち、家庭でも学校でも(少なくとも他国との相対的な違いとしての)日本の価値観を内面化しているので、今明白となっている蛮行に対するモンゴルの態度には違和感を覚えますが、他方でモンゴルにとって「仕方がない」面が大きいことも理解しているつもりです。

 ただし、変化の可能性がないとは言えません。考えられるのはロシアの「自滅」です。つまり、ロシアの軍事行動や政府からの発言・発表がさらに破壊的なものとなって、モンゴルが「いくらなんでも無視できない」状況になるケースです。

 もちろん、先に述べた通り、モンゴル単独の動きは困難です。ただ、仮に中国が同じ理由で、ロシアを切らざるを得ないとの判断を下したらどうでしょうか?私はチャイナ・ウォッチャーではないので、そうなる確率は分かりませんが、この場合モンゴルは、それでもロシアに甘い態度をとるのが賢明なことなのか、あらためて考える必要に迫られることでしょう。

 そして中長期的には、モンゴルがロシアに忖度する必要は確実に減ります。ロシアへの依存度が下がるためです。燃料については国内で産出される石油の精製工場が建設中で、電力については北部・西部で大規模な水力発電所の建設が進んでいます。これらが完成すれば、ロシアへの輸入に頼る度合いは一気に下がると見込まれます。

 もっとも、これはあくまで中長期的な話です。戦争終結には間に合いません。というか、完成まで戦争が続くなどまっぴら御免です。

 また、ロシアへの依存が低まったら中国依存が強まったンゴ……では笑えません。既にモンゴルは輸出の7-9割(年により異なります)が中国向けです。燃料・電力の輸入代替で、輸入総額は減るかも知れませんが、シェアに関しては、放っておけば中国からのものが高まるのは、容易に予想がつく話です。

 では、そのような見通しを付けた上で、日本はモンゴルにどう関わっていくべきなのでしょうか?

 

6. 今後について考えてみる(2)「われわれ」はどうすべきか

 特にモンゴル民主化以降の日本・モンゴル関係は非常に良好なものです。モンゴルが「第三の隣国」と位置付ける主要諸国の中で、日本は筆頭にあると言っても過言ではないでしょう。

 この辺は両国の外交担当者や日本からのモンゴル支援に携わった人々、日本へのモンゴル人留学生、両国の研究者といったさまざまな人々の尽力によるものなので、決してこれが当たり前のものだと思ったり、あぐらをかいてもらっては迷惑なのですが、その辺は言い出したら長くなるのでここでは控えます。

 そのような良好な関係を考えれば、日本がモンゴルに対するスタンスを変更する必要はないと言えます。その上で、日本が行うべきは、モンゴルに性急な態度表明を押しつけないことと、経済面での支援・交流拡大のふたつです。

 まず、再三書いてきた通り、モンゴルの「沈黙」には理由があります。そして、その理由はそう簡単にはなくなりません。(前回書きそびれましたが)天然ガスパイプラインの話も、モンゴルにとっては四半世紀にわたる悲願であって、簡単に手放すわけにはいかないのです。

 だとすれば、日本はモンゴルをさらに苦境に追いやるわけにはいきません。それは単なる優しさに止まらず、中間にある国を相手の方に追いやらないという基本的な戦術でもあるのです。

 そして、日本が特に配慮すべきは経済面です。1990年代初頭、日本は崩壊するソ連の代わりにモンゴルへの最大の支援国になり、現在に至っています。今回もまた、ロシア・ベラルーシの代わりを務めることが、日本に求められる役割と言えるでしょう。

 特にベラルーシとの経済関係に関しては、比較的容易に止められるかも知れません。農業機械や建設機械であれば、条件さえ合えば日本製品で代替は可能ですし、それが困難でも資金面での支援を行って、ベラルーシ以外の製品を購入できるようにすれば良いのです。

 具体的なスキームは国際協力の実務の話になるので、専門家の検討を待ちたいのですが、これが成功すれば、経済規模や地理条件を考えても、ベラルーシからの対抗措置はモンゴルにとって大した打撃にはならないでしょう。

 他方、ロシアからの輸入の代替、あるいはモンゴルから日本への輸出拡大というのは厄介です。このうち、輸入代替に関しては先に書いたベラルーシ相手の場合と同様の手法が考えられますが、規模の問題があります。

 また、輸出に関しては、有り体に言えば「モンゴルの何を買うの??」というのが大きな課題なわけで、これはモンゴル国内の事業や事業家支援、さらにはその手前での人材育成といった、息の長い取り組みが必要です。もっとも、この辺は日本が頑張っている分野ではあります。

 そして、一般市民レベルではどうか?現実として可能なことは限られるでしょうが、ひとつだけ、あらためて分かっておいていただきたいことがあります。

 それは、モンゴルの人々の中にも様々な意見があることです。ロシアのウクライナ侵略への反対であれ、支持であれ、モンゴルの人々が単一の意見を持っているわけではないことです。

 本件に限らず、われわれはともすれば「○○人は」という大きな主題・主語に頼りがちです。それが役に立つこともあります。ですが、そのような大きな主題が通用するケースは、おそらくわれわれが思っているほどはありません。

 特に本件のように、何らかの意見が「○○人」への価値判断に直結する恐れがある場合、大きな主題での決めつけは、自身の意見に合わない場合はヘイトに、合う場合は過剰な期待につながります。どちらも、事実から離れた思い込みであり、有害なものです。

 ここまでお読みいただいた皆さんなら、モンゴル国内にさまざまな意見の人がいるここと、欧米日とは異なるモンゴル政府のスタンスの背景もご理解いただけたことでしょう。

 そして、「モンゴル人は親露で戦争賛成」「モンゴル人は戦争反対」といった物言いが、もはや意味がないことも、賢明にお気づきのはずです。

 どうか、その気づきを大事にしてほしいと思います。そしてできることなら、本件に限らず「○○人」という大きな主題の物言いが出てきた時に、一息ついて本当かどうか考えるようにしていただければ嬉しいです。

 それこそが、この許されざる戦争が取り返しのつかない被害を生みだす中での、わずかなりともの救いになるのです。

 

[2022年3月27日:用語を修正しました(以下、上編と同文です)]

 本エントリではロシアによるウクライナへの攻撃に対し、もともと「侵攻」の用語を用いていましたが、本日これを「侵略」と修正しました。

 これは第1に、Yahoo! 個人オーサーの今井佐緒里氏が本日投稿された記事に賛同してのものです。

 

news.yahoo.co.jp

 

 第2に、第29回国連総会で採択された国際連合総会決議3314号「侵略の定義に関する決議」、ならびに同決議に対する日本政府の態度を尊重するものでもあります。

 

worldjpn.grips.ac.jp

www.mofa.go.jp

*1:ちなみに、同社社長は国旗掲揚に賛成しています。

dnn.mn

*2:民主党とモンゴル民主連合の関係はややこしいのですが、ここではひとまず、モンゴル民主連合はモンゴル民主化運動の流れを汲む非政府組織であり、民主党民主化運動のリーダーを中心として結成された政党であること、ゆえに両者が密接な関係にあることを押さえておけば十分です。なお、たまに「モンゴル民主党」という表現を見かけますが、単純な間違いです。

*3:「モンゴルの息子」という意味の名前です。

*4:ただし、中心人物を除けば対立する両派の構成は流動的であり、両派を行ったり来たりする主要党員は決して少なくありません(バトトルガ元大統領でさえ、今たまたまトワーン派の色が強いだけです)。モンゴル政界のフットワークの軽さについては、モンゴルの遊牧文化まで含めた理解が必要と考えられます。