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それでも、東アジアのななめ上を目指す。

仙台から気仙沼へ(2019早春の東北一周No.6@みやぎ)

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 仙台からは仙石線か仙石東北ラインに乗りたかったのですが、ダイヤが合わず東北本線の電車に乗ることに。小牛田から石巻線気仙沼線で北を目指します。

 

 

 仙台に来るたびに密かに楽しみにしていたのが、東北楽天ゴールデンイーグルス缶ラベルの缶チューハイ。中身は至って普通だと思うのですが、仙台に来た気分を割と安価に味わえたのです(と言っても缶チューハイではお高めですが)。

 ところが、駅に着いてNEWDAYSに行ってみたところ、どうにも見つかりません。他を探す時間もないですし、荷物も多いので、今回は断念。販売終了でなければいいのですが……

 気を取り直して電車に乗り込みますが、来た時より多い4両編成なのに混み合っていて、立席になりました。平日の昼間ですが、春休みだったり春休みでも学校の登校日だったり、若い人が多いようです。ただ松島を過ぎると何とか座れ、あとは徐々に乗客も減っていって、終点小牛田に着きました。

 

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 小牛田駅は東西南北に鉄道が延びていく、仙台に次ぐ鉄道の要衝。貨物列車の拠点でもあります。

 

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 そのためか、JR貨物が注意書の看板を出しているのですが、このタイプの貨車ってJR時代にまだ走っていたのかと。ってか架線が低過ぎと言うか……

 

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 さておき、われわれがここから乗るのは久々のディーゼルカーです。東北では主力の白と黄緑の四角い車体、これから東北のさらに奥へと向かうのをあらためて実感します。

 

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 列車はまだ冬の情景が広がる穀倉地帯を横切って行きます。石巻線涌谷から、次の前谷地で気仙沼線に直通。線路がつながる柳津までを走ります。

 

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 終点の柳津に着きました。

 気仙沼線はのこの区間は、かつて柳津線と呼ばれていて、その時もこの柳津が終点でした。その後、国鉄再建法施行直前に気仙沼までつながりましたが、東日本大震災による津波で柳津~気仙沼間は壊滅的な打撃を受け、代替手段としてBRT(バス・ラピッド・トランジット)が導入されました。今も書類上は鉄道の運休区間となっていますが、鉄道での復旧の可能性はすでに無くなっていて、今もBRT専用線の整備が進められています。

 

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 柳津駅から気仙沼方面へは、バスの専用道が設けられました。以前来た時はこれがまだなく、バスは柳津駅前の乗り場を出ると、しばらく一般道を走っていたのですが、今はかつての鉄道路線を覆うアスファルトの上をすぐに走れるようになっていて、BRTの乗り場も、この先にあります。

 

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 鉄道で到着した乗客は、スロープからBRTの乗り場に行けるようになっています。以前は跨線橋を渡って駅前に出ないといけなかったのですが、今は断ち切られた線路を横目に、階段を使わず乗り換えできるようになっています。

 

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 冬の寒さの厳しい土地です。スロープにもずっと屋根がつけられています。

 

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 途中にある駅名板。陸前横山の名前が消されています。ローマ字表記も訂正の跡がありますが、Yanaiduでも間違いとまでは言えない気も。個人的にはYanaidzuを推したいところですが。

 

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 駅前で待機していたBRTがやって来ました。ここから気仙沼までは2時間ほど。あくまでJR東日本鉄道路線の代行運転なので、北海道・東日本パスも使えます。一方、列車と違ってトイレがないのは要注意です。

 

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 BRTには専用のICカードが導入されていました。Suica、あるいはSuicaと相互利用可能なICカードも使えるとのことですが、逆にこのカードでBRT以外の区間を利用することはできないとのことです。

 

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 さて、バスは我々含め10人に満たない乗客を乗せて柳津を発車。南三陸町志津川付近まで専用道を走りますが、その後は一般道に出たり、再び専用道に出たと思えばすぐに一般道に戻ったりを繰り返します。この区間津波で線路が流されてしまったり、市街地の移転に絡んだ路線変更があったりするため、専用道を敷こうにも、かつての線路が使えないところが多いのです。

 そんなこともあり、専用道の整備はBRT導入から何年も経った現在も進行中。ここでも現在の停留所の向こうに、専用道と新たな停留所が作られているところです。

 

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 入り組んだ三陸海岸を走るバス。峠を下りきって海沿いの平地に出ると、高台を造成したり、市街地を再建したりというところをしばしば見ることになります。BRT専用道、あるいはそれがもし鉄道路線だったとしても、街がなければどこに通していいか分からないことでしょう。その街がいつできて、BRTがいつ、どこをどう通るのか、気が遠くなる思いがしました。

 

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 BRTは本吉に着きました。かつて気仙沼線気仙沼からここまでの路線で、本吉から柳津が最後に残った開通区間でした。

 この後もバスは専用道と一般道を行ったり来たり。乗客は徐々に増えてきた一方、一般道の車も増えて、気仙沼の市街地の手前では、ノロノロ運転を強いられます。

 

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 結局気仙沼に着いたのは、柳津から2時間を過ぎた後。もっとも、BRTは鉄道よりはるかに時間のかかるダイヤが組まれていて、所定時間からの遅れは3分だけでした。

 それにしても、です。柳津~気仙沼間のBRTに乗ったのは、これが3回目。ただ、これが気仙沼線の全線に乗ったことになるのか、という疑問は残ります。

 鉄道乗りつぶし、という趣味があります。鉄道路線の鉄道を乗車するものです。当たり前だ、と思われるかも知れませんが、現実には気仙沼線のように、鉄道が不通になって、代わりにバスを走らせる例が、過去にも現在にも、いくつもあります。たいていは災害時の一時的な措置で、鉄道が復旧した時にあらためて乗りに行くのが、あるべき姿でした。

 ただ、気仙沼線のBRTのように、鉄道路線でありながら鉄道ではないというのが出てきた場合、話は厄介です。もはや鉄道での復旧は無くなったので、鉄道に乗り直すのは不可能です。

 ただ、国鉄時代にも乗客があまりに少ないという理由で、鉄道路線としての扱いは残しながら、実際にはバスに切り替えた例もあります(国鉄士幌線糠平~十勝三股間)。この区間も鉄道の運転が再開されないまま、最後は同じ路線の他の区間とまとめて廃止になっていますし、乗りつぶし達成という人の中には、このバス乗車をもって乗車したと見做す人や、そもそも乗車対象から外す人もいたようです*1

 だとすれば、私は既に気仙沼線の全線を乗り通していた、との解釈も可能です。ただ、問題はいつ乗ったことになるのかです。初めて乗った時は仮復旧の扱いで、書面上は鉄道での復旧の芽もあったわけです。その後BRT復旧が正式に決まったのは先に述べた通りですが、なら「復旧してから乗り通す」の「復旧」とはいつになるのでしょうか?正式に決まってから初めて乗った今日?いやいや、専用道が全部開通してから?

 複数並び立つもっともらしい解釈の、どれを採るのかは、悩ましい問題です。ただ一つ言えることは、採用する解釈次第で、私が死ぬまでに日本で旅客営業をする鉄道全線に乗車することが不可能になる、ということです。そうなった時のため、気仙沼線や他のBRTの専用道が全線開通した時に、私の遺影を抱いて乗ってもらえるよう、親族に遺言を遺しておく必要があるかも知れません。

 

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 駅から少し歩いて、本日の宿に到着。プレハブの社員寮っぽい建物と内装で、ちょっと虚を突かれたのですが、妻の見立てでは、かつて復興事業で働いていた人の寮を改装したのではないかと。確かにそう言われれば、部屋や食堂やコインランドリーの並びから、納得できます。

 そんな感じで内装はシンプルでしたが、空間は下手なホテルの部屋よりゆったり作られていて、十分くつろげます。しかも、我々が泊まった部屋にはなぜかマッサージチェアまでありました。主任とか監督とかの部屋だったのでしょうか。

 

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 夕食は近くのコンビニで調達。最近は呑みに出るより、地元っぽいものを買ってきて、部屋でのんびり食べる方が落ち着きます。傍らで仕事のメールや書類作成をしないといけない、という悲しい現実もあります。

 で、夕食以外に朝食も、できればそれっぽいものが欲しかったのですが、東北とは縁もゆかりもないはずの、とある商品に目を奪われてしまいました。

 

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 高知県民がこよなく愛するミレービスケット。チョコレートクリームを塗ったトーストの上に乗っています。ミレービスケットが高知県外でも売られるようになったというのは、友人からの報告でも聞きますし、私自身目にしたことがありますが、これは全く知りませんでした。

 ただ、ミレービスケットが高知発祥とご存知なかった方、あるいはいらっしゃるかも知れません。高知で作りゆうものですからね!

 

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 ただ、地元っぽいものは、それはそれで確保できました。三陸鉄道の応援パンです。

 日本初の国鉄特定地方交通線転換鉄道として開業し、大震災以来不通になっていたJR山田線の宮古~釜石間を編入し、3月24日に復旧させたばかりの、日本で一番古くて一番新しい第三セクター鉄道三陸鉄道。今までの営業区間は既に乗車済ですが、明日新規区間も含めて、一気に乗り通します。今から気分が高まってきました。

 

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*1:国鉄のキャンペーンでは除外されていたという話もありますが、確認できていません