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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

自分で学んで生きていくための5冊+α(1)『知ろうとすること。』

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 今回から「自分で学んで生きていく」をテーマに、この夏読んでおかれたい5冊をご紹介したいと思います。主には大学生(とりわけ新入学生)を念頭に置いていますが、「学んでより良く生きたい!」という方のできる多くに役立てばと。

 

 

 高知大学地域協働学部では、所属学生に対し、学期ごとの授業開始から5週目、15週目の辺りに、教員との個人面談の機会を設けています。

 今学期は授業はほぼ全てオンライン開講だったのですが、それでもネット上で1対1の面談を行いました。ちなみに当方の場合、1年生11名、3年生7名と、それぞれ15分程度の面談を行っています。

 その中で、ある学生から、夏休みの間に本を読みたいが、おすすめのものはないか、という相談を受けました。その時はすぐに思いついた2冊を薦めて、我ながら悪くない選択だと思っていたのですが、面談が終わってから、どうせならもっと多くの学生の皆さんに、もうちょっと多めに本を推薦したいなと思ったのです。

 そこで、今回からこの夏に読んでおかれたい5冊を選び、順にご紹介したいと思います。

 それぞれの本を挙げる前に、今回の選書の方針をご説明しておきます。ちょっと長くなるので、とにかく推薦書が知りたい方は、この辺は飛ばしてください。

 選書の際に真っ先に念頭に置いたのは、弊学部をメインとする大学生、とりわけ新入学生の皆さんです。

 今学期、我々大学教員はオンライン授業という誰にとっても未知の領域に、特に新入学生の皆さんには学生としての準備もないまま、放り込まざるを得ませんでした。今の日本のパンデミックを考えれば、この選択に間違いはなかったと確信しますが、とはいえ代償があったのも事実で、それを少しでも補えればとも思っています。

 他方、目下の状況によって、学生も教員も「自分で、自分たちのために学ぶ」という学びの本来の意義(と私が考えるところ)に立ち返ることを求められているとも思います。今回からお薦めする5冊も、その意義にできるだけ沿ったものを選んだつもりです。

 加えて、5冊に絞り込むために、以下の基準も設けました。

 

  • なるべく専門・専攻に関係なく役立ちそうな本。←地域協働学部生だけのことを考えている場合じゃないですからね。
  • 知識を得るだけに止まらず、学んでどう生きるか、学んだ成果を自分の人生にどう活かすかを考えるための本。←学んで得たことはそれ自体に価値があるわけではありません。大事なのは、それを得たあなたがどういう成果、アウトプットを出すかです。
  • 2,000円でお釣りがくる本、できれば1,000円未満。←1冊だけならまだしも5冊です。総額1万円以上ってなったら、いくらなんでも……

 

 というわけで、ここから本のご紹介に移ります。今回は、早野龍吾東京大学名誉教授と糸井重里氏による『知ろうとすること。』をご紹介します。

 2011年の福島第一原子力発電所事故は、放射線の影響についての理解の無さ、そしてその無理解に基づく福島県の人々への中傷や差別といった問題を生み出しました。

 そんな中で、早野教授は放射線の実際の影響について明らかにすべく、全身検査機ホールボディーカウンターによる体内の放射性物質検査や、学校給食放射線量を測定する陰膳検査を重ねてきました。その結果から、福島県に暮らすことで、放射線によって健康が脅かされたり、次の世代に放射線の影響が出たりすることにはつながらないと、科学的な根拠をもって断言したのです。

 さらに、福島県の若い世代に新たな機会を与えるべく、世界有数の物理学研究所であるCERN(欧州原子核研究機構)が行う高校生向けワークショップに福島県内の高校生を引率し、英語での研究発表を支援したこともあります。

 本書は糸井重里氏との対談によって、早野教授のそれらの取り組みについて、片意地を張らず気軽に読むことができます。そして、デマや風聞に惑わされず、自分の力で確たる根拠を調べ出し、その根拠を基に合理的に考えること、そしてその考えを堂々と述べることの大事さを示しています。

 何より本書が示しているのは、そのような合理的な考えと主張を行う道が、誰にでも開かれていることです。それこそ「知ろうとすること」、あるいはそうして得たことを共有しようとすることが、決してごく一部の人だけに限られた特権ではないことを示しています。

 どんな科学者であれ、24時間週7日間科学的にはなれません。逆に科学者でなくても、自身で考え、判断を下すときに、科学に支えを求めることはできるのです。

 新型コロナウィルスによるパンデミックは、われわれの社会が福島第一原子力発電所事故からまるで成長していないと嘲笑うかのようなものです。それだけに、科学者の書き下ろしや語り下ろしではなく、対談という形をとった本書は、知ろうとする営みが多くの人々に共有可能であること、そしてだからこそ、どのような人であれ、その営みを自分のものとするのが大事であることを明らかにしています。

 この数ヶ月間、早野教授は新型コロナウィルスのパンデミックの状況について、毎日twitterでのアップデートを続けています。「知ろうとすること」、知ったことを発信することは、今まさに行われている営みなのです。

 

知ろうとすること。 (新潮文庫)

知ろうとすること。 (新潮文庫)