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「モンゴル国労働英雄」は「国民栄誉賞」ではない:白鵬の称号授与報道への違和感

 2月19日にモンゴル暦の正月を迎えるのに合わせ、モンゴルに帰国していた横綱白鵬に対し、モンゴル国政府が「モンゴル国労働英雄」の称号を授与しました。このニュースが日本でも報じられているので、ご存知の方も少なくないことでしょう。

 ただ、日本国内の報道にはいささか首をかしげたくなることがあります。というのも、主要な報道を見ていると、この労働英雄の称号が「日本の国民栄誉賞に相当する」と解説しているためです。しかし、私が考える限り、この2つが互いに「相当する」というのはどうにも無理があります。

 ここで確認のため、日本国内の報道を見てみましょう。代表的なものは、共同通信社のこの記事になりそうです。


ヘッドライン | 相撲 | モンゴルが白鵬に「労働英雄賞」 大相撲の最多優勝たたえる - 47NEWS(よんななニュース)

 

 この記事では「日本の国民栄誉賞に相当する『労働英雄賞』を授与された」という説明がなされています。共同通信社の記事である以上、一般・スポーツ・地方各紙にも配信されており、それらでも見かけるわけで、その影響力は間違いなく大きいでしょう。

 それ以外では、朝日の北京発の記事でも、「モンゴル政府から、日本の国民栄誉賞にあたる『労働英雄』の称号を授与される」という部分があります。

 


白鵬にモンゴルの「国民栄誉賞」 17日に授与式:朝日新聞デジタル

 

 ちなみに、他紙では読売が時事通信社配信の記事を報じており、こちらには「労働英雄」の説明自体がありません。毎日は共同の記事を報じています。

 さて、国民栄誉賞も労働英雄も非常に名誉なものであることには変わりません。にもかかわらず、同列扱いできないというのはなぜか?端的に言えば、労働英雄が「賞どころではない」からです。

 まず国民栄誉賞について、はてなブログをやってるのですからはてなキーワードで調べると、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的とする」賞だそうです*1。まぎれもなく賞です。

 一方で、労働英雄というのは、実は称号であって、賞ではありません。モンゴル語では、前者はцол(ツォル)、後者はшагнал(シャグナル)で、明確に区別します。しかも、モンゴルにはтөрийн шагнал(トゥリーン・シャグナル)、そのまま訳せば「国家(国民)賞」という、国民栄誉賞により近い名前の賞まであるのです。下手に「国民栄誉賞に相当」と言おうものなら、この賞のことかと誤解されても文句は言えないでしょう。

 では、国民栄誉賞でないなら何なのかと言えば、むしろ叙勲の際に授与される勲位に近いと考える方が良いでしょう。実際、モンゴルには人々の功績を称えて授与される称号がいくつもあって、労働英雄はそのうち最高位のものです。日本の勲位の体系とは独立した国民栄誉賞とは異なるのです。しかもこの称号には勲章もついてくるとのことで、この点も勲位と似ています。

 ですから、どうせ乱暴な例えをするならば、白鵬朝青龍に続いて大勲位になった、というぐらいがむしろ実態に近いかも知れません。

 

 ちなみに、モンゴル政府が称号や勲章、メダルを授与する際には、以前のモンゴル人民共和国時代、1990年6月30日のモンゴル人民共和国人民大会議幹部会第148号布告が今も適用されているのだそうです*2。もっとも国の名前は変わっていますし、その点は反映されているようですが、それ以外は社会主義時代の流れを引き継ぎつつ、新たな称号等も加えられています。最高の称号が「労働」英雄っていうのはなぜか、と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが―というか、いてほしいんですが―、それは社会主義時代の歴史を反映しているということです。

 その規定なのですが、モンゴル政府の文書総庁のサイトに解説がありました。

 


БНМАУ-ЫН ЦОЛ, ОДОН, МЕДАЛИЙН ТУХАЙ ДҮРЭМ

 

 これによれば、モンゴル国、ではなくて当時ですからモンゴル人民共和国労働英雄の称号は、モンゴル人民共和国最高栄誉称号の1つとして、以下のように定められています。

 

…国家を発展せしめ、人道的民主社会主義社会を建設する事業に精力を傾け、労働による卓越した成功を収め、国家人民経済、社会、文化部門を強化する面で貢献を行った者に授与する。モンゴル人民共和国労働英雄には、スフバートル*3勲章、モンゴル人民共和国労働英雄「黄金のソヨンボ」*4徽章、モンゴル人民共和国労働英雄証書が授与される。

 

 ……いかにも時代がかった翻訳になってしまいましたが、元の規定が社会主義から民主化まっただ中という時代を反映しているのですから、この点ご理解ください。

 それにしても、民主化から25年、いまやチンギス・ハーン勲章というのもあるわけで、その方が尊重されるかと思いきや、不思議なところで社会主義時代の名残が受け継がれているものです。

*1:はてなキーワード当該項目

*2:2014年に国会に上程された「モンゴル国家賞法案」の紹介でもその旨説明がなされています

*3:モンゴルの再独立をもたらした人民革命の象徴的指導者

*4:ソヨンボはモンゴルで一時期使われた文字で、このうちの1つが現在のモンゴルの国旗に描かれています