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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

イメージの衝突?「ハル・サルナイ」(黒いバラ)アマルマンダフ氏殴打事件と「ハス」という紋様

 ウランバートルで起きた暴力事件が世界各国のメディアで報じられています。人気ラップ・グループ「ハル・サルナイ」(黒いバラ)のリーダー、アマルマンダフ氏がライブ出演後にロシアの外交官と見られる者に殴打され、被害者の親族・同僚によれば、現在も昏睡状態のままです。

 

 

 暴力に対しては「認められない」の一言で終わりですが、事件の背景は決して単純ではありません。むしろ、そこにある文化的なシンボルをめぐる問題を見逃してはなりません。それは、モンゴル語で「ハス」と呼ばれる「伝統的な」シンボル、そして欧米では「スワスティカ」とされる「タブー」のシンボル、この2つの重複です。 

 事件について冷静に検討し、解決策を見出すためには、モンゴル人からすれば異なる、しかし国際的には同一視されかねないシンボルを巡る問題点について理解する必要があります。その一助とすべく、本エントリを書く次第です。

 

 

1. 何が起きたのか?現時点での情報整理

  冒頭で書いた通り、この事件についてはモンゴル以外のメディアでも報じられています。例えば、AFP通信の記事は日本語でも読めますし、「まんじ」という日本での呼び名ではありますが、「ハス」についても触れています。

 

www.afpbb.com

 

 BBCによる報道は、被害者の家族や同僚のインタビュー、背景となる「ハス」についての説明もあり、かなり詳細です。

 

www.bbc.com

 

 一方、現地モンゴルからの情報は錯綜しています。事件の日付ですら22日だったり23日だったりと分かれていますし(被害者側のインタビューでは22日と言われています)、はてはBBCの報道を翻訳したものをモンゴルの老舗通信社モンツァメが引用、それをモンゴルのニュースサイトとしては歴史のあるSonin.mnがさらに引用がさらに引用するような状況です。記者会見やインタビュー記事では独自のものもありますが、現地報道は頼りになるとは言い難い状況です。

 ともあれ、現時点で分かっている情報を整理すると、

  • 被害者のアマルマンダフ氏は20年近くの人気とキャリアを誇るデュオ「ハル・サルナイ」(黒いバラ)のリーダーで、他の共演者とともに「楽しいウランバートル」というイベント内のライブに出演。なお、一部報道ではウランバートル市主催とあるが、バトボルド市長はこれを否定。
  • アマルマンダフ氏は出演時に赤のデール(モンゴルの民族衣装)を着用していたが、このデールにモンゴル語で「ハス」と呼ばれる鉤十字状の刺繍が施されていた。
  • アマルマンダフ氏が出演後、ステージを降りて立ち去るところに、ライブを見に来ていた犯人が背後から襲い掛かり殴打。アマルマンダフ氏はその場で倒れる。犯人の行方は報じられておらず、現在も逮捕されていない。

 

 だいたいこのようになると思います。問題はここからです。事件後にモンゴルでは被害者の家族・同僚(以下「被害者側」)のインタビューが行われた一方、ロシア大使館側も声明を発表しています。

 モンゴル側のインタビューについては、アマルマンダフ氏の父スフバータル氏の発言が抜粋されています。 

sonin.mn

 また、バンド「スンス」(魂)のルハグワー氏の発言も、インターネット上で見ることができます。

sonin.mn

 

 一方、在モンゴルロシア大使館ウェブサイトはこちら。移動される可能性がありますが、本エントリ執筆時点でロシア語ページトップにのみ声明が掲げられています。

■ Посольство Российской Федерации в Монголии

 ロシア大使館の声明は、モンゴルのニュースサイト"polit.mn"で報じられています。

■ ОХУ-ын ЭСЯ-наас С.Амарааг зодсон хэрэгтэй холбогдуулан тайлбар хийжээ(polit.mn、2016年12月2日)

 

 モンゴル語かロシア語のページばかりなので、何のこっちゃという方が多いとは思いますが、あとで検証できるようにリンクを貼っておきます。

 で、先に引用した国際報道に加えてこれらを見ると、以下の点が食い違っています。

  •  犯人について。被害者側は犯人がロシアの外交官と断定しており、国際報道でもこれが引用されている。しかしロシア大使館の声明では、現時点で調査中としながらも、ロシア外交官による犯行との説を受け入れていない。
  • 犯人が逮捕されていない理由について。被害者側は犯人が逮捕されないのは外交特権であるとしているが、モンゴル警察庁は外交特権が理由ではなく、被害者の状態が深刻ではないからと説明。
  • 被害者の状況。被害者側はアマルマンダフ氏が10日間昏睡状態にあると主張。これが事実だとすれば、モンゴル警察庁が犯人を逮捕しない理由には疑問が生じる。

 

  現時点でもこのように対立点があります(もちろん、今後それぞれの主張が変わる可能性はありますが)。このような事実関係を巡る食い違いが、モンゴルの国民世論を刺激するとともに、モンゴル・ロシア間の外交問題に発展することが懸念されます。

 しかも、火種はこれだけではありません。むしろ私が注目するのは、事件の背景にある「ハス」というシンボルの受け止められ方が、モンゴル国内と国際社会において。現時点ではその食い違いこそが、今回の事件を招いた可能性が高いと思われるからです。

 では、そのコンテクストとは?次に見ていきましょう。

 

2. 「国民の伝統」対「国際的タブー」?ハスv.s.スワスティカ

 事件の全容が分かっていないため、ここからは多少仮説的な話が入る点をご理解ください。

 先程書いた通り、アマルマンダフ氏は「ハス」の刺繍が施された赤の衣装を着用して出演していました。報道では、犯人がこの鉤十字上の刺繍に激怒して犯行に及んだと言われています。

 この「ハス」は、モンゴルの人々にとってみれば、自分たちが文字を持つよりも昔から継承してきたシンボルです。先に示したAFP通信やBBCの報道でも、アマルマンダフ氏の父親スフバータル氏が文献を示し、ハスがモンゴルの伝統的な紋様であることを主張しています(写真)。

 このほか、ハスはモンゴルの歴史を伝えるテーマパークでも使われています。この夏に国際モンゴル学会議のレセプションで訪れた施設でも、ハスは様々な形で表れています。

 

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 例えば、ゲル内に掲げられた旗。

 

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 こちらはゲルの扉に取り付けられた飾り板。

 

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 昔のかまどを再現したものです。上方で、左右対称の鉤十字が互い違いに現れるのが分かるかと思います。

 そして、ハスは下の写真にもある通り、国会の本会議場、議長席背後の壁一面にも描かれています。写真の人物はZ.エンフボルド前国会議長の在任時のものです。前議長のすぐ右上、あるいはディスプレイの真上などに、ハスが規則的に表れるのが見えるでしょうか。

 

http://resource.news.mn/politics/photo/2015/10/22/bed3822c6c1b1e000ce6491ebd73ebd8big.jpg

 

 このように、ハスはモンゴルにおいて、歴史や国家の権威に関わる場で使われています。他にも例は探せばありますが、長くなるので止めておきましょう。

 ただ、ハスはやはり鉤十字状の紋様です。英語での説明ではswastikaという単語が用いられます。悪名高いハーケンクロイツを示すのと同じ単語です。モンゴルにおける「ハス」のイメージを共有していない人々、とりわけ欧米で教育を受けた人々なら、そのような紋様を見たとして、まず想起するのはナチス・ドイツの党章になってしまうでしょう。

 まして、犯人が報道の通りロシア人であったとしたら(外交官かどうかはこの際関係ありません)、想起されるものには1000万人以上の犠牲者を出した「大祖国戦争」が加わります。もちろん、それで犯行が正当化できることはまったくないのですが。

 ある文化ではポジティブなイメージを想起するものが別の文化ではそうではない、というのはままあります。ただ、ここで深刻なのが、鉤十字に関しては、少なくとも今は国際的に見て「タブー」と言わざるを得ない点です。かつて鉤十字の下で繰り広げられた事件の山々、それを可能とした体制や価値観は、現時点では否定されるべきものというのが、国際的理解です。

 とはいえ、モンゴルの人々からすれば、ナチスといっしょくたにされるのは納得いかないことでしょう。歴史ある紋様と似たものを勝手に使われて、勝手に悪いイメージをつけられたらたまったものではない、というのは理解できます。もっとも、鉤十字はモンゴルに限らず、日本の寺院等アジア各地で用いられるわけで、その点では迷惑しているのはモンゴルだけではないのですが。

 ですが、話をさらに複雑にするのが、ハスがモンゴルのナショナリズムを刺激するのに使われていないか、という疑問です。ハル・サルナイ、あるいはアマルマンダフ氏の歌には愛国的な内容のものが多く、事件が起きたコンサートで披露した曲の中には「ビー・モンゴル・フン」(我はモンゴル人)というナショナル・プライドを全面に押し出したものもあります。父親スフバータル氏がその曲のチラシを見せていますが、ど真ん中に適度に斜めを向いたハスが描かれているのです(写真)。他にも、インタビューに関する記事でアマルマンダフ氏の写真が引用されていますが、着用しているデールにも、でかでかとハスが描かれています(写真)。

 これがナショナリズムで済めばいいのですが、中にはハスの存在がネオナチの正当化に使われる例すらあります。下の例は2010年、英紙ガーディアンがモンゴルのネオナチを取材した記事です。団体はヒトラーを公然と賛美し、ナチ式敬礼を用い、傾いた鉤十字を描いた服を着用しています。しかし、この鉤十字については、ハスであると主張するのです。

 

www.theguardian.com

 

 あるいは2013年、そのものずばり「ツァガーン・ハス」(白いハス)と名乗る団体による活動を収めた写真があります。彼らの腕章、旗、車のシートに刺繍された紋章、これも「ハス」と主張されるのです。

■ A Mongolian Neo-Nazi Environmentalist Walks Into a Lingerie Store in Ulan Bator - The Atlantic(2013年7月2日)

 

 こうなると、ハスがハーケンクロイツと無関係である、という主張を無条件で受け入れることは難しくなります。確かに、ハスをハーケンクロイツの隠れ蓑にする人々はごく少数でしょう。しかしながら、このようなハスの使い方に対して、モンゴル社会から明確な拒否の意思が示された例は、残念ながら今まで出会ったことがありません。モンゴルで育ち、教育を受けた人々なら、ナチス・ドイツを知らないわけはありません。独ソ戦でモンゴルがソヴィエトを支援したことを教わっているのです。であれば、ハスを見たときに、モンゴル人以外が何を想起するかも理解できるはずです(ちなみに、アマルマンダフ氏はロシア語を使えるという話です)。

 他方、モンゴルは日本以上にナショナリズムが「目につく」社会です。それは、私がこれまで行ってきた国際的なデータの比較研究で繰り返し示されてきたことですし、モンゴルでの現地経験が多い方なら、実感された機会もあるのではないでしょうか。そして、これは完全に仮説ですが、ハスの使用は、単に「国民の伝統的な紋様」を保持することを越えて、それをハーケンクロイツと同一視する国際社会への反発という要素が含まれるのではないでしょうか。もちろん、そのような要素があるかどうか、またあったとして程度がどのくらいかは人によりけりでしょうが、ハスをわざわざハーケンクロイツと同じように傾けて使用するのを見ると、そのような仮説を持たずにはいられません。

 今回の事件は、そのような中で起きてしまったのです。暴力は論外としても、別の形での衝突は、おそらく今回の事件がなかったとしても避けられなかったでしょう。それは、モンゴル社会が避けようとしなかった事態なのです。そして、このような衝突は、モンゴル側が避けようとしない限り、今後繰り返されても何の不思議もありません。

 

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(参考)ウランバートル市内で2016年8月に見た落書き。他の落書きとの関連が見出せないため、描いた者の意図は不明。

 

3. 暫定的まとめ:衝突(?)を越えるために

 ここまで、アマルマンダフ氏の事件と、背景にあるハスという紋様をめぐる問題について書いてきました。いい加減長くなってしまいましたが、ここまでの話をまとめるとこうなります。

 アマルマンダフ氏は「ハス」が刺繍されたデールを着用してライブに出演し、その後に殴打された。現時点で事件の全容は不明ではあるが、もっともらしい説として、ハスを見たロシア外交官がハーケンクロイツを想起し、激怒して犯行に及んだというものがある。

 これが正しいとすれば、事件の背景にはモンゴル人にとってのハスと、ロシアをはじめモンゴル以外、特に欧米における鉤十字がそれぞれ想起するイメージの違いがある。ただし、そのようなイメージの衝突をモンゴル社会が積極的に回避しようとしていたとは言い難い。ハスが「国民的伝統」であるとの主張が行われる一方で、ハーケンクロイツから距離を置くのではなく、あえて似せようとしているのではないか、とすら思われる例が罷り通っているためである。ハスをハーケンクロイツネオナチズムの「隠れ蓑」にする例が否定されない以上、ハスを見てナチス・ドイツを想起する非モンゴル人が現れるのは避けられない。今回の事件が、現在言われているように非モンゴル人の犯行であるとすれば、その背景には今述べたイメージの衝突が存在するのです。

 では、どうすべきか?端的に言えば「ハスをハーケンクロイツから救う」ために、モンゴル社会がどう工夫できるかに尽きるでしょう。残念ですが、ハスはモンゴルの国民的な紋様と主張するだけではダメなのです。その主張の下で何が行われてきたのかが問われなければなりません。そして、これはハスであってハーケンクロイツではないと言いながら、第三者にはハーケンクロイツと理解されても仕方がないようにハスを使うという二枚舌は、社会として退けなければなりません。それこそが、国境を越えてヒトが行き来することが当たり前になった世界、モンゴルだけで閉じることが許されない世界において、ハスを守る道になります。

 ただし、こと今回の事件に関して言えば、解決のための最善の道は、アマルマンダフ氏が回復することです。そうでなければ、被害感情のエスカレートに歯止めがかからなくなります。アマルマンダフ氏、そしてハル・サルナイは、モンゴルで20年近くトップランナーとして存在感を放ってきたアーティストです。1990年代後半のモンゴルを長く経験した人のほぼすべてが、ハル・サルナイの音楽を聞いたことがあるはずです(知らないにしても、知らずに耳にしている可能性が極めて高いはずですし)。

 彼らがナショナリズムを音楽に持ち込んでいて、それがモンゴルでの人気の要因の1つにあることは否定しづらいのですが、仮にそうでなかったとしても、彼らの音楽は人々を魅了したことでしょう。そう考える理由は、私自身が若い頃に彼らの音楽に触れ、ある時はハードに言葉を吐き、ある時はリリカルに歌い上げる彼らのスタイルに、すっかり魅了されたからです。いや、今も彼らの音楽は私にとって大切なものです。先に書いた「ビー・モンゴル・フン」も、あるいは私が嫌っているように思われた方もいるかも知れませんが、事実は逆で、音楽やビデオクリップに魅力を感じたことをここで白状しておきます。

 そのような個人的感情は抜きにしても、アーティストが回復し、再びステージに立つことは、これ以上の対立を避ける上で、間違いなく最高の方法となるはずです。アムラー(もう愛称で呼んでいいですよね)の復帰を願ってやみません。