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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

30年目のモンゴル(3)ウランバートルを歩く(その1)


 シンポジウムも無事終わり、翌日から本格的に現地調査です。といってもウランバートルに限られるのですが、今回見たものをちらほら書いていこうと思います。

 

 

 今年のシンポジウムもつつがなく終了しました。私の研究報告も司会も無事終了……したことにしましょう。詳しくはこちらで。

 

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 今日と明日はウランバートルでの現地調査と資料収集です。本格的には『アジア動向年報』をはじめ今後の論考に反映させていきますが、こちらではそれらとは別に、ウランバートルの街中の様子をちらほら紹介してみます。

 

 

 宿泊先で見かけた世界地図。各国・地域の最古のホテルと開業年を示しているのですが、

 

 

 日本だけおかしなことになってます。ヨーロッパにも古いホテルはあるのですが、それでも西暦4ケタ台なので、日本だけ異様です。ちなみにこちらの宿みたいです。

 

www.keiunkan.co.jp

 

 で、なんでこれが掛かっているのかというと、ウランバートル・ホテルがモンゴル最古である、というのをアピールしたいのだと思います。実際、社会主義時代は外国人が宿泊できたのはこちらかバヤンゴル・ホテルぐらいで、日本とモンゴルの国交樹立当初はこのホテル内に大使館が置かれたという話もあります。それだけ歴史があるのは確かです。

 

 

 ホテルを出て、すぐ隣の人民党本部。党首を務めているオヨーン=エルデネ前首相が辞任したことで、人民党は同氏に代わる党首選を行うことになります。ただザンダンシャタル首相やアマルバヤスガラン国会議長の外遊、さらに党内の不一致などで、党首選出に必要な党幹部会の会合予定は現時点でまだ立っていません。うまくいけば当地で新党首選出のプロセスに立ち会えるかもと思ったのですが、残念ながら空振りでした。

 ただそれとは関係なく、本部の前に看板が立っています。

 

 

 よく見ると『1984』の舞台が5月にあったそうです。そう、あの『1984』です。「ビッグブラザー」がまんまモンゴル語に訳されています。4カ月前の舞台の看板が残っているわけですが、ままあることです。

 ただ、党もあろうに社会主義時代に独裁政党だった人民党の本部前にこんな芝居の看板を立てる発想には驚きます何も考えてないかもですが。あ、でも1984年と言えばビッグブラザー、じゃなかったトム・ダルガのツェデンバルが解任された年だから良いのか(良いのか?)。

 

 

 スフバータル広場に来ました。広場では外国の要人の来訪に合わせて、両国の国旗が街頭にくくりつけられます。

 

 

 今回私がモンゴルに来たちょうど同じ日に、ニュージーランドの国会議長によるモンゴル訪問が始まりました。政府宮殿前にモンゴルとニュージーランドの国旗が掲げられています。

 

 

 モンゴルを要人が訪れる際はスフバータル広場で歓迎式典が行われるのが通例です。天皇皇后両陛下のモンゴルご訪問の際に行われた歓迎式典をご覧になった方も多いことでしょう。

 ただ今回は広場の反対側、政府宮殿の玄関で式典が行われたようです。この辺の違いについては正直なところよく分かりませんが、ともあれこちらも両国の国旗が掲げられていました。

 ……あれ?さっき広場で見た小さな国旗……

 

 

 先述した天皇皇后両陛下ご訪問の際に、両陛下の写真が掲示されていたのが、この中央郵便局の壁面です。今はモンゴルのボーイバンド「カメルトン」結成30周年記念ショーの広告が出ています。

 カメルトンも30周年、私も歳をとったわけです(苦笑)。ただ以前ならこのグループを日本人に説明するのに、「某5人組(6人組)アイドルグループのような存在」と言っていたのですが、この説明を使うのがいろいろ不適切になったのは残念です。

 

 

 近くにあるビル。私が院生の頃は当時珍しかった本格イタリアンの店が入っていたのですが、以来毎回来るたびにとは言わないまでも、よくテナントが変わります。

 今回見ると、セルフサービスのラーメン屋になっていました。長く滞在するなら一度は行ってみるところですが、実質滞在は今日明日のみなので、モンゴル料理優先です。いいことあるかどうかは分かりません。

 

 

 今回気になった一番の変化が、電動スクーターの増加です。以前は電動キックボードが多く、ご覧の通りまだ残っているのですが、それよりも電動スクーターの方が目を惹きます。

 スクーターもキックボードも歩道や広場に無造作に置かれていて、利用者はスマートフォンで2次元バーコードを読み込んでから利用するシステムのようですが、問題はこれが歩道を走り回ること。昔と違って歩道の段差が少なくなったので利用する方は都合が良いのでしょうが、歩行者にとっては危ないったらありゃしない。放っておいたら大きな事故にもなりかねず、どこかで規制を入れないといけない気がするのは、やはり日本的な考えなのでしょうか。

 

 

 もう1つ。市内を走るバスにブラックサンダーの側面広告が施されているのを発見。そうです、あのブラックサンダーです。ただ慌ててしまって広告を真正面から撮り損ねてしまいました。

 近年は日本企業のモンゴル進出が相次いでいます。明治製菓は現地用にCMを作っていて、こちらはYouTubeで見ることができます。

 

www.youtube.com

 

 なのでバスに日本製品の広告が出ていても不思議はないと言えばないのですが、やはり実際に見るとインパクトがあるものです。しかもブラックサンダーというのは全く予期していなかったのですが、日本と同じく気軽に買える価格設定にしているなら人気は出ることでしょう。

 それにしても、かつてならモンゴルは人口が少なく市場規模が小さいので日本企業が進出しづらいというのが定説だったのですが、所得が伸びると事情も変わるものです。ただ、逆にモンゴルから日本に何を売り込むか、ってか売り込める製品をどうやって作り出すのか、という問題は残ったままなんですよね……

 

 

 さらに驚いたのが、物価に加えて給与水準も上がっていること。こちらはその一例で、シュルンドゥというモンゴル料理のファストフード店が従業員を募集しているのですが、書かれている月給が180万トゥグルグから350万トゥグルグ。日本円に換算すると、だいたい7万5000円から14万5000円ぐらいです。

 急加速と急停止を繰り返しながらも、基本は高度成長を続けるモンゴル経済。少なくとも名目値では、給与水準も大きく上がっています。この分だと、私が生きているうちに日本を追い越すかも知れません。

 無論、業種によって給与の伸びに違いはあるのでしょうが、もし研究職の給与でモンゴルが日本を上回る日が来たとしたら自分はどうするだろうか、ふと考えてしまいました。

 

 

 ホテルに戻って小休止。1階のコンビニでアールツを買いました。日本のコンビニカフェよろしく、従業員に注文してカップをもらい、セルフサービスで淹れます。韓国資本のコンビニですが、他国なら肉まんになるホットスナックがマントーン・ボーズになっていたり、モンゴルの伝統的な料理や乳製品もしっかり居場所を確保しています。

 

 

 夜は日本人研究者の集まりに参加してきました。

 

 

 いつもはしゃぶしゃぶが用意されるのですが、今回は事前に料理を決めていないというので、試しに煮込みうどんを頼んでみました。

 ただ、他の研究者は揃ってしゃぶしゃぶを注文。ちょっとだけですがばつが悪かったです。

 

 

 次回エントリはこちらです。

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