国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているプーチン・ロシア大統領が加盟国で逮捕義務のあるモンゴルを訪問したのに、逮捕されなかった件。基本として押さえるべきことはメディアでお話ししたので、ここではその先のポイントについて。
- 1, はじめに
- 2. プーチン・ロシア大統領のモンゴル訪問の背景
- 3. 「名」を代償に「実」をとったモンゴル
- 4. 招いておいて言うだけ言ったフレルスフ・モンゴル大統領
- 5. まとめ:モンゴルの「弱さ」と外交のしぶとさ
1, はじめに
国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ている当人が、逮捕義務のある加盟国に堂々と入国して、逮捕されずに出て行った―プーチン・ロシア大統領のモンゴル訪問は、日本をはじめ世界に衝撃を与えました。
これが国際法や国際社会の取り決め・お約束に反することは否定しようがありません。悪しき前例を作ってしまったとも言わざるを得ないでしょう。
ですが、モンゴルにはモンゴルの言い分もあれば、背景というものもある。それを分かろうとせずにモンゴルを非難するのは、なんか(考えが)浅いなと。
幸いにして、それらを理解しようというメディアがあり、相手に事欠いて私にコメントを頼まれましたので、背景としてモンゴル・ロシア関係の概略、またモンゴルのロシアへの燃料・電力依存について解説しました。なので基本的な要点は、そちらを見聞きしていただけたら十分かと思います。
ただ、実際に大統領が来訪した際の動きを見ると、別の話も出てきます。モンゴルがプーチン容疑者を逮捕できなかったのは確かですが、よくよく見ると、モンゴルも実利はとっていますし、言いたいことは言っているのです。
というわけで、ここではそういう基本に+αの話を書いてみたいと思います。
2. プーチン・ロシア大統領のモンゴル訪問の背景
……とその前に、そもそもの「基本」について。こちらは先述の通り私がメディアに解説したので、そちらのリンクを張っておきます。
まず、朝日新聞デジタルで、紙面版に出た(よりちょっと詳しめ)の記事があります。
さらに、デジタル版では記事の元となったインタビューを詳しく載せていただいています。「識者」なんて言われるとこっ恥ずかしいですが(汗
さらに、テレビ朝日でオンラインインタビューの抜粋が放送されました。なお高知県に系列局はないもよう
さらにFM局J-WAVEにて電話生出演でインタビューを受けたので、そちらはradikoでお聴きいただけます。
ここまでが基本です。そして、次からの2点が補足になります。
3. 「名」を代償に「実」をとったモンゴル
先程の解説を見聞きしていただければ、モンゴルがプーチン・ロシア大統領を招かなければならなかった事情、そして逮捕できなかった事情はお判りいただけると思います。
ですが、いざ来訪した際の経過を見てみると、別の印象も生まれます。つまり、プーチン容疑者を逮捕できなかったのを除けば、モンゴルは賢く動いているのです。
その理由は2つあって、1つ目は、実利をしっかり取ったということです。
朝日新聞デジタルのロングインタビューでも出てきますが、今のモンゴル・ロシア関係で私が注目していたのが、モンゴルのエグ川水力発電所建設事業と、モンゴル・ロシア・中国天然ガスパイプライン建設事業の2つです。前者は1990年代以来構想があったのがようやく進みだした途端、ロシアがウクライナを侵略して不透明になり、後者はロシアへの電力依存から脱却したいモンゴルが進めたい一方、エグ川がバイカル湖に流れ込むことから、ロシアが環境への影響を理由に反対してきた経緯があります。
ところが、エグ川水力発電所については、モンゴル・ロシアが合同で環境への影響を調査する作業部会を設置する案が最近になって浮上、これがプーチン大統領の来訪時に合意文書として取り交わされました。
決まったのは環境調査を実施するだけではないか、と思われる方もいるでしょう。ただ、それまでのロシアの反対姿勢を見れば、調査に応じた時点で結構な譲歩です。さらに、今回の来訪ではプーチン・フレルスフ首脳会談後に共同記者会見が行われたのですが、ここではフレルスフ大統領が「建設に向けて前進した」と言っています。プーチン大統領の面前で言ったのですから、この発言はそう簡単には取り消されないでしょう。
他方、天然ガスパイプラインはもともとモンゴルが積極的だったはずが、2024年総選挙後に発足した第2次オヨーン=エルデネ政権の活動プログラムには盛り込まれず。さらに、先述の共同記者会見でのフレルスフ大統領の発言には、パイプラインについての言及は見当たりませんでした。
ところが、プーチン大統領は来訪に際してモンゴルの大手紙「ウヌードゥル」を相手に単独インタビューを行い、天然ガスパイプラインの建設に加え、モンゴルに天然ガスを安価で供給する意思も示したのです。
天然ガスパイプライン建設は1990年代からある構想です。通過料収入等を期待するモンゴルにとってはいわば悲願であるものの、ロシアからすればモンゴルを経由する理由は必ずしもありませんでした。
それが、気がつけば推進するかどうか、立場が入れ替わっている印象すらあります。先程のエグ川水力発電所建設も含めてみると、プーチン大統領の来訪を良いことに、とるものをしっかり取ったとも言えるでしょう。
4. 招いておいて言うだけ言ったフレルスフ・モンゴル大統領
先程共同記者会見の話がありましたが、実はここでフレルスフ大統領が興味深い発言をしています。リンクを再掲します。
注目すべきは最後の方の発言です。Google翻訳も使えますが、十分ではないので、拙訳を示すとこんな感じです。
私たちは、あらゆる国の歴史、文化、文明、国益、発展の道筋からもたらされる多元性を尊重し、多面的原則に基づいた国際関係の構築に努めます。我々は、世界情勢における国連の中心的役割と調整をさらに強化することを強く支持します。したがって、我が国は、国際的な困難や誤解は、相互理解、相互信頼、相互尊重および対話を通じて克服され、国際法規範の枠組みの中で解決されるべきであると考えます。
よって、我々の永遠の隣国であるロシア連邦が、世界の平和、安全保障、持続可能な開発、人類の福祉のための偉大な事業においてリーダーシップを発揮し、信頼、相互尊重、協力の強化に貴重な貢献をしてくれると全面的に確信しています。
どうです?これをプーチン大統領の隣で公然と言ってのけたんですよ?いけずやわぁ
ここまでくると、プーチン大統領を招いた意味があるとすれば、むしろここではないかとすら思えるのです。国際的な取り決めを守れなかったのは事実ですが、逆にICC加盟国の義務を守れないからこそできることをやった、というか。
5. まとめ:モンゴルの「弱さ」と外交のしぶとさ
ここまで、プーチン大統領の来訪でモンゴルが挙げた「成果」を見てきました。
繰り返しますが、モンゴルは国際的に果たすべき義務を果たせませんでした。その事実をモンゴルの「弱さ」と言うことは可能です。
ただ、そうだとしたら、モンゴルは今回のプーチン大統領の来訪に際して、「弱者の兵法」を遺憾なく発揮したとも言うべきでしょう。
モンゴルは強大な隣国に完全に挟まれた国です。その点で外交に大きな制約はあります。
ですが、その制約下で生き延びるために、モンゴルは最大限の努力を払ってきたのです。その努力の一端が、今回のプーチン容疑者の来訪に表れていたのは、見過ごされてはならないと思います。