始まる前はさんざっぱら言われながら、とりあえず閉会までは漕ぎ着けたリオオリンピック。ただ細かいドタバタはいろいろありました。中でも目を引いた1つが、男子フリー65キロ級3位決定戦で負けたモンゴル側のコーチが判定に納得せず、パンツ一丁になるまで服を脱いで猛抗議したシーンではないでしょうか。
問題のシーンについてはNHKによるまとめ映像があるので、実際に見ていただくのが良いでしょう(が、日本国外では多分見られません……)。
試合結果と抗議がキョーレツに印象的だったせいか、この件は世界的に報じられています。その一部がこれらです↓
そして、報道の中には、コーチの行動がモンゴルで支持を得ているとするものもあります。
率直なところ、私自身は服を脱いで抗議する人を見たことがないのですが(正直見たいとも思いませんし)、抗議としては害のない部類に入るとは思います。モンゴルでも不満を表すジェスチャーや行動はいろいろありますが、1つ間違えばケンカになりますし、下手をすると命に関わるものもあるので、ヘンな言い方になりますが、誰も傷つけずに会場を盛り上げただけマシだったのかも知れません。それがレスリングの趣旨に沿うかは別ですが。
一方で、モンゴル国内で判定に不満の声を上げる人々もいます。報道によれば「オリンピズムを救う運動」を称する有志がモンゴルオリンピック委員会に対し、判定について国際オリンピック委員会に質問した上で、その回答を一般に告知するよう等を求めた要望書を提出したそうです。下記2つがその記事です。
- Г.Мандахнарангийн асуудлаар МҮОХ-нд шаардлага хүргүүлжээ
また、モンゴルのレスリングでマステル(熟達者)の称号を持つ選手・経験者で作るレスリングマステル連合が、銅メダルを逃した選手に対し、純金のメダルを授与することを明らかにしています。以下の記事が伝えています。
こういう動きを見ると、モンゴル中が判定を巡って怒っているように思われる方もいらっしゃるかも知れません。ただ、騒動の渦中にウランバートルにいた私の感想はむしろ逆で、抗議のデモでも起きるかと思いきや何の動きもなく、あまりに静かで拍子抜けしたのが正直なところです。
また、こういう問題だとインターネット、とりわけSNSが盛り上がりそうなものです。ですが、例えばtwitterを見ると、判定への不満を共有するためのハッシュタグとして#MongoliaGotRobbed #MandakhnaranGotRobbed #StandWithMongolia が作られたようですが、本エントリ執筆時点で、#MongoliaGotRobbedが使用されたオリジナルな(リツイートではない)ツイートは8月23日を最後に途絶えています。同様に、#MandakhnaranGotRobbedがついたものは8月22日、#MandakhnaranGotRobbedがついたものは8月22日のものが最後で、その後のオリジナルなツイートは確認できません。また同じく本エントリ執筆時点で私が調べた限り、これらのハッシュタグを用いたツイートでリツイートが3ケタ以上になるものはありませんでした。もちろん、これらのハッシュタグを使わずに抗議のツイートがなされている可能性は考慮すべきですが、少なくともツイッター上では、判定への不満を拡散、共有し、何がしかの運動を起こす状態には至っていないようです。
さらにインターネットということで、例によってニュースサイトをあらためてかくにんしたところ、確かに判定に不満を露わにする報道はいくつもあります。下に上げた3つの記事がその例で、見出しは順に「モンゴルのレスリングは『同盟』に敗れた」「会場全体がモンゴルを支持した」「アメリカのレスリング協会が弁護」という内容です。
他方、レフェリーを非難しながらも、「喜ぶのが早すぎたのは間違い」とするモンゴルレスリング協会バヤンムンフ事務総長のツイートを紹介する記事もあります。
ただ、これらの記事が出たのは24日以前。25日以後に続報が伝えられているのは確認できません。新聞の紙面までは見ようがないので何とも言えない部分はありますが、少なくとも確認可能な範囲で、メディアが世論を煽る図式を見出すことは不可能です。
というわけで、一時は盛り上がった事件ですが、結局のところ大きな騒動にはならずに消えていきそうです。問題の選手が帰国するのはこれからなので、モンゴルに着いてから何らかの動きがある可能性は否定できませんが、その確率も低そうで、結局は一時盛り上がったものの、それだけで終わってしまいそうな塩梅です。
ところで、問題の試合に出場したモンゴルの選手の名前を、ここまで1回も出さなかったことにお気づきでしょうか?
この選手、国際的には「ガンゾリグ」という名前で報じられています。これがファミリーネームに当たるものと判断されているのでしょうが、実はこれはかなりの確率で選手の父親の名前です。公的文書で名字を使う習慣が非常に薄いモンゴルでは、ファミリーネームの欄には父親の名前を入れるのが一般的で、本人の呼称としては、いわゆるファーストネームに当たる「ネル」(名前)が公私を問わず使われます。この選手の場合はマンダフナランというのがそれですし、モンゴルの報道ではこちらの名前が当然使われます。大統領、首相、国会議員や政府高官でも、表記されるのは「ネル」の方です。
ですが、ことスポーツに関してだけは、「ネル」ではなくファミリーネームの欄にある名前が使われます。可哀想なのは女子選手で、良い名前を付けてもらっていても、呼ばれるのは男性風の名前なのです。何とかならんもんですかね?