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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

「モンゴル社会研究」の欠乏(5)第9回ウランバートル国際シンポジウムで報告を行いました

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 毎年8月末に日本・モンゴル共催で行われているウランバートル国際シンポジウム。昨年に続いて、第9回を数える今年も参加、研究報告を行いました。ただし内容がないようなので、ひっさしぶりのシリーズに加えたいと思います。

 

 

 今年のテーマは「シルクロードとティー・ロード」。シルクロードはさておきティー・ロードは耳慣れない方もいらっしゃることと思います。意味はそのまんま「茶の道」なのですが、茶道ではありません。中国から茶をはじめとするさまざまな物資が流通するとともに、文化・政治・経済・社会的な交流や相互作用の経路となったさまざまなルートのことを言います。特にモンゴルに関しては、中国の張家口からモンゴルのウランバートル、ロシアのキャフタ(この辺、地名から支配している国の名前から細かく言い出したらきりがないのですが、きりがないので省略します)を結ぶルートが歴史的に重要なようで、今回の研究報告でもそのようなルートに着目したものが複数見られました。

 私の報告はと言うと、「日本におけるモンゴル社会研究」と言うトピックです。なんでや!ティー・ロード関係ないやろ!と思われた方もいらっしゃることでしょう。にもかかわらず、あえてこのトピックを選んだのは、シルクロードであれティー・ロードであれ、ユーラシアの交流と言うと過去の歴史に目が行きがちですが、それでいいのかな?という疑問があったためです。

 まず、ユーラシアにおいては中国が「一帯一路構想」をすんげー勢いで進めているという現状があります。その中で、現代のユーラシアの国際関係、あるいは多文化関係に目を向け、日本の立ち位置を考えないことには、そのうち完全に孤立してしまうという懸念を禁じ得ません。

 さらに、2000年に及ぶ歴史的なユーラシアの多文化交流と、現代のものとを比較すると、過去には商人、使節や北方遊牧民に交流の担い手が限られたのに対し、現代ではそのような交流が一般市民にほぼ完全に開かれたという点で大きな違いがあります。むろん国によって制限はありますが、ヒト・モノ・カネ・情報の行き来は格段に容易になりましたし、とりわけインターネットによる情報の行き来によって、自らがどこに行かなくても、文化的背景の異なる相手とリアルタイムで交流することが可能になったわけです。

 他方、過去であれ現在であれ、文化的背景の異なる相手との交流では、相手の文化、社会への理解が前提となることは変わらないはずです。となると、そういう理解を促す主体が必要になるわけです。こと日本とモンゴルに関して言えば、日本でモンゴルについて学んでいる者、モンゴルで日本について学んでいる者が、その役割を担うべきだと考えます。

 ただ、現状はどうだろうか?中国研究、韓国・朝鮮研究と言うと、現代に焦点を当てた地域研究が含まれても当然かと思いますが、モンゴル研究はと言われると、歴史研究、あるいは人文学中心という状況が続き、現代社会に焦点を当てた研究は残念ながら薄いと言わざるを得ません。

  さらに言えば(報告ではほとんど触れられなかったのですが)、社会科学が専門でモンゴルを研究対象にする研究者は決して少なくないのですが、そのような研究も「モンゴル研究」の範疇に入りそうなものですが、実際にはそうなっていない、つまりは専門的な現代モンゴル経済・社会・政治等の研究と、いわゆる「モンゴル研究」との間に断絶があるのが現状です。

 率直なところ、それで誰が困るのかと言うと、モンゴルを対象とする社会科学者は何も困らないと思います。自分の専門とする学問で勝負する方が大事でしょうから、そのような研究者に「モンゴル研究者」「モンゴル学者」のアイデンティティはないでしょうし、なくても何の問題もないのです。ですが、一方の「モンゴル研究」の側はそれでいいのか。人文領域の研究が重要なのは全く認めた上で、そのような領域以外の関心に応えられないのでいいのか、というのが問題意識です。

 もっとも、これに対しては「なぜわざわざ日本ではなく外国で報告するのか」という疑問も起こり得ます。これについては、2つ回答があります。まず、上記の現状を変えるには、日本の研究者の力だけでは無理で、世界のモンゴル研究者と協力しながら、社会科学系の研究を日本でも蓄積していかないといけないと思っているのが1つ。次に、世界モンゴル学者会議に出てみたところ、他の各国・地域でも似たような問題があるようで、それがモンゴル研究の将来への不安につながっているという議論を聴いたのが1つです。つまり、提起するのは日本の問題ですが、実は各国・地域にも共通する問題として、国際的に考えなければならない気がした、ということです。

 そういうわけで、随分毛色の違った報告を行いました。当日は報告時間が短く、使用言語を巡ってハプニングもありましたが、関心を持ってもらえる人には持ってもらえたと思います。なお、今回の報告に関してはもう少し分析を進めた上で論文としてまとめる予定ですので、スライドについては現時点では公開しないことにしました。済みません。

 

 あと、全体での討論の中で出た指摘で重要だと思ったのが、シルクロードもティー・ロードも、中国から世界に広がったものであって、それだけに注目するのはシノセントリズムに陥る危険があるのではと言うものでした。むしろ、北アジアからの「馬の道」、インド・チベットからモンゴルに至る「(チベット仏教の道」というテーマ設定もあるべきでは、ということです。今回のテーマの根源はあくまで「交流」なわけで、この点はくれぐれも留意しておかないと、いらぬ誤解を生みかねないな、とも思った次第です。