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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

2016モンゴル国会総選挙一口メモ(10・終)2016年総選挙後のモンゴル国内政治を考える

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 2016モンゴル国会総選挙一口メモは今回で最終回となります。世論の動向はほとんど分かりませんが、分からないなりにいくつか展望を示しておきたいと思います。

 

 

1. 民主党が勝てばモンゴル民主化後初めて与党の座を維持することに

 民主化後のモンゴルでは、総選挙のたびに政権枠組みが変わってきました。1992年の(旧)人民革命党単独政権に始まり、「民主連合」同盟(1996年)、(旧)人民革命党単独(2000年)、(旧)人民革命党民主党系連合大連立(2004年、のちに連合分裂、さらに民主党が政権離脱)、(旧)人民革命党民主党大連立(2008年、選挙前に民主党離脱)を経て、2012年総選挙で民主党中心の連立政権が誕生しています。

 ここで見た通り、民主党、あるいはその前身となる民主化運動系勢力が単独で政権を取ったのは1996年のみ。2004年と2008年には政権に加わっているものの、第1党は(旧)人民革命党ですし、2008年の選挙前には一時政権を離脱しているので、選挙の前後で政権を維持したことはありません。

 つまり、今回の選挙で民主党が勝った場合、初めて政権を自力で維持することになるのです。もっとも、民主党はただでさえ経済停滞の責めを追及される立場にありますし、比較第一党の座を維持できれば御の字、という気もしますが……

 

2. モンゴル人民党が勝てば省庁再編は必至

 また、日本では信じられないことでしょうが、総選挙のたびに政権の枠組みが変わるモンゴルでは、省庁の構成も総選挙ごとに変わっています。時には、内閣が変わったことで、省庁が再編されることだってあります。したがって、モンゴル人民党が勝った場合、省庁再編が行われるとみて良いでしょう。

 ただし、具体的にどう変わるかは未知数です。政府予算の節約を党公約集で訴えている上、新たな税を設けないと言ってしまっている手前、大幅に省庁の数を増やすのは難しいでしょう。民主党政権化で増えた経済関連の省庁は統合されるかも知れません。一方で、党が前面に打ち出している社会保障関連の拡充に伴い、関連省庁が分割される可能性も考えられます。新たな大臣の顔ぶれも含め、モンゴル国政府と関わりのある方は、選挙後の省庁の構成は必ずチェックしておかないといけません。

 

3. 勝者なき場合は大連立か、中小政党との連携を選ぶか、初の解散か

 二大政党がどちらも過半数を獲得できない事態も考えられます。その場合、両党が大連立を組むか、どちらかの政党が第三勢力と 連立政権を組むか、あるいはモンゴル国の歴史上初めて国会が解散・再選挙となるか、考えられるのはこの3つです。

 このうち、最も可能性が低いのは解散・再選挙です。第2回のエントリで述べた解散の条件をおさらいすると、(1)国会が全権を執行できないと全議員の3分の2以上が認めた場合、(2)大統領と国会議長が協議の上、国会が全権を執行できないと提起した場合、(3)首相の任命提案を国会に上程して45日以内に採決できない場合という3つです。ただ、(1)は国会議員にとって職権を手放す選択ですから、簡単にできるとは思えません。また(2)での解散は、国会議長が決まっていないと不可能です。(3)も、国会に上程された任命提案を受け取るのは国会議長です(憲法では明記されていませんが、私が報道等を見てきた限りではそうです)から、これまた議長が決まっていないと不可能です。つまり、国会が議長を決められないほど混乱すると、かえって解散できなくなるのです。

 また、第三勢力との連立も、その勢力を含めて過半数の議席が取れるという条件が満たされない限り、大したメリットはありません。そして、単純小選挙区制の下で、そのような勢力が現れるのは困難です。可能性があるとすれば(現)人民革命党でしょうが、この4年間で二大政党どちらともしこりを残した政党です。その党と組むとなれば、賛否をめぐる党内対立につながりかねず、あまり安全な策とは思えません。

 すると残るは大連立です。これとて両党間の調整を考えれば簡単ではありませんが、政治の空白を避けたければ現実的な選択でしょう。もっとも、大連立を野合と捉えられ、有権者の支持を失うリスクはあります。既に中小政党やその支持者からは二大政党を「モンゴル人民民主党」(МАНАН)とひとまとめにして批判する声も聞かれます。勝者なき選挙となった場合、政権発足までは難航が予想されます。

 

4. 対日本関係が変化する可能性は小さいが、「窓口」の変化には備えるべし

  ただし、どのような政権になっても、日本との外交に変化が起きる可能性はあまり考えられません。地理的・経済的・歴史的条件を考えれば、隣接する両大国との関係を重視しつつ(ただしロシア寄り)、「第三の隣国」と呼ぶ主要諸国との関係も強化する、そしてその中に日本も含まれる、という基本方針は、モンゴルが現実的である限り、変えようがないからです。

 ですので、日本からすれば、選挙結果自体によってモンゴルとの距離感が変わる心配はしなくても良いかと思います。ただし政府の「窓口」、交渉相手が変わることには備えておくべきです。先に書いた通り政権が変われば省庁も変わりますし、内部人事も大きく変わり得るためです。現政権下で進んでいた話がひっくり返る、一からやり直しになる、そのような可能性は計算しておくべきでしょう。

 

5. 暴動を予測しているわけではないが、起きても驚くには値しない

 最後に不穏な話となりますが、この言葉は私のオリジナルなものではなく、モンゴル研究者でブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)のJulian Dierkes准教授によるものです。

 

■ Election Day | Mongolia Focus

 

 第5回「モンゴル人民党」でも述べましたが、モンゴルでは2008年総選挙直後、選挙結果に不満なウランバートル市民が暴徒化して(旧)人民革命党本部を焼き打ちにするなどの事件が発生、非常事態宣言を出す事態にまで発展しました。モンゴルでは政治・社会運動が活発でも平和裏に行われてきただけに、この事件はあまりに衝撃的でしたし、今もその衝撃は終わっていません。

 一方で、最近のモンゴルの国内政治を見ると、騒動のタネには事欠かない状況です。ただでさえ、二大政党主導、もしくは大連立以外に政権の選択肢が無い状況で、二大政党に有利な選挙制度まで突如導入されています。(現)人民革命党は選挙戦に入って活発なキャンペーンを繰り広げていますが、所属議員の離脱が相次いだ傷がどれだけ癒えているかは疑問ですし、一挙躍進の可能性もあった労働国民党は総選挙に参加すらできませんでした。

 さらに不安要素となっているのが、今回の選挙で導入される電子投票箱です。昨年には中小政党やその支持者が導入に反対するデモを行っていましたが、一時はモンゴル人民党もデモに加わり、模造の電子投票箱を燃やすパフォーマンスまで行われました。ただし人民党はのちにデモから離脱して電子投票箱の導入を含む選挙法改正に賛成、当初の反対者の非難を浴びています。電子投票箱への不信もさることながら、人民党のこの態度も不安要素を付け加えたかも知れません。

 こうなると、選挙結果がどうあれ、それに不満を露わにする人々が多数出ても不思議はありません。問題は、そのような人々が暴力に訴えるか否かです。モンゴル政府も暴力事件の可能性は予想しているようで、総選挙当日にアルコールの販売を禁止するなどの措置に出ています。他方、きちんと調べたわけではありませんが、モンゴルでも近年はSNSが普及しています。「事を起こそう」という人々が、不満分子を集めることは、以前に比べても容易になったと言えます。

 『アジア動向年報2012』で、私は当時直前に控えていた2012年総選挙について、こう書きました。

 

 「モンゴルが選挙後に誕生する新たな国会・政権への平穏な移行を実現できるかどうかは、選挙結果自体に勝るとも劣らぬ重要な問題であり、注意深く見守る必要がある」

 

 この考えは今回も変わりません。むしろ、今回の方が強まっているかも知れません。

 ただ、モンゴルの人々の多くが、暴動の再現を望んでいないことも理解しているつもりです。7月1日(暴動の発生日)は繰り返してはならない過去として、人々の心に刻まれているはずです。フラストレーションのたまるモンゴルの国内政治の現状を考えれば、何が起きても不思議ではないとは思う一方、暴動が起きないように、あるいは起きたとしても、それをすぐに収められるように、モンゴルの人々は動くはずだ、私はそう信じてもいます。モンゴルが今回の総選挙を通じてアジアではいまだ数少ない平和な民主主義国家としてより発展を遂げることを願ってやみません。

 

 以下、本シリーズのこれまでのエントリです。

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