土佐大正を出た列車は一気に速度を上げると、山を貫き、右に左にうねる四万十川を何度も渡り、次の土佐昭和に到着します。
大正からの列車が昭和を出ました。ただその次の駅は平成ということはなく、十川駅。どちらの駅も、かつては十川の「十」と昭和の「和」を合わせた十和村にありました。
宇和島方面にはトンネルが近くまで迫っています。列車はすぐに吸い込まれ、ディーゼル音だけを残して消えていきます。
窪川方面もすぐにトンネルが控えています。昭和の後期になって建設されたこの区間はトンネルの多い直線的な線形をとっています。そのため四万十川から離れる部分も結構ありますが、たまに鉄橋から見える川の姿が旅情を誘います。
待合所のベンチは、他の駅同様、緑色で塗り上げられています。しまんとグリーンライン、どれだけ定着しているか微妙な愛称ですが、そのイメージを出そうとしていることは、このベンチからも伺えます。
これも他の駅と同様、僅かな列車だけを載せた時刻表と、県都高知にはなお及ばない運賃表が掲げられています。
その横に置かれていたのは、使われなくなったであろう壊れたベンチ。その横にはなぜか洗面台、使う人がいるかどうかは分かりません。
集落から奥まった高台にあるホームからの細い階段。ここから坂道を下り、築堤をくぐって、ようやく外界に出て行きます。
坂道は駅の裏も一応続いています。ただ、階段の近くで舗装は途切れ、その後どこまで道として伸びているかは分かりません。
下り坂は途中から階段となり、その先はこの暗さ。雨で空が暗いとはいえ、電気はついていません。駅の外というよりは、異界へとつながっているようです。雨音なのか何なのか、不気味な音が響きます。
不思議な物音が相変わらず響く中、ようやく下まで降りると、外の光が差してきました。曇天模様なのに、これだけ外が明るく見えます。
コンクリートの壁に、何やら説明書きがありました。このトンネルのこととも思うのですが、それにしては延長が若干短い気もします。
ようやく外の世界に出てきました。地の底からもんで来た(戻って来た)、という感慨すら浮かびます。
振り返ると、トンネルの上に小さな駅名案内があります。これがなければ、初めて見る人はここからホームまで行くことになっているとは、なかなか分からないことでしょう。
駅の左手には、おそらくは開通してすぐに出来てそうなトタン屋根の駐輪場があります。いや、
自転車・モーター置場でした。モーターと言っても、この辺りで原動機を持ち歩くのが一般的とは思えません。普通にモーターサイクルのことでしょう。
ふと、かつて「モータープール」という看板を目にすることが多かったのを思い出しました。関西を離れて2年半、今ではすっかり見かけなくなりました。
十川駅にもあった、三角屋根の観光案内所。ただ十川駅とは違い、案内所として使われている様子はありません。単にハイシーズンではないからかも知れませんが。
気温を別にすれば秋が深まる高知県内、駅前では柿が実っています。もう少しすれば、干し柿が捗る時期になっていきます。
駅からの坂道を降りて、国道まで出てきました。2車線の道路のすぐ近くまで家が迫り、街歩きにはいささか不安を感じます。
駅の西方面も同様です。田舎とはいえそれなりの幹線道、大型トラックも結構通るので、あまり好んで歩く気にはなれません。道路には横断歩道の標識の裏側が見えますが、肝心の横断歩道があるのはだいぶ先です。
その横には、駅の案内標識が高く掲げられています。三叉路の標示も何もなく、駅前の様子がからっきしない場所で、唯一この近くに駅があるのを知らせています。
そして、その標識は至って普通のもの。それが本来当たり前なのですが、十川や大正の「国鉄」を見てしまうと、こちらの方が変わっているようにすら思えるから恐ろしいものです。
もっとも、ここも国鉄版が長らく掲げられていたという話もあるのですが。
案内標識とは通りを挟んで反対側にある電柱を見ると、こいのぼりが泳いでいます。これも十川駅近くで見たのを思い出します。この辺りでの四万十川でこいのぼりの川渡しがあるそうなので、それをかたどったものなのでしょう。
案内標識が指す道は、駅前通りというよりも、まるで民家への私道。標識だけでは本当に駅に行けるのか、不安を感じる人もいそうですが、駅からここまで来た道であることは確か。列車の時間も近いので、ここを通って駅に戻ります。
ようやく電灯のついたトンネルを抜け、ホームに戻ってきました。線路の先では、山々に完全に包囲された集落が続いています。
そのはるか先から、モーター、いやディーゼルエンジンの音が聴こえてきました。ほどなく、窪川行の列車が姿を現します。
トンネルを抜けた列車がホームに入ります。何か分からなかった物音も止み、聴こえるのは次第に出力を緩めるエンジンの音だけです。
雲で覆われた夕空の下、窪川行が到着しました。明るい車内に入ると、やっと人心地を取り戻した気がしてきました。