火曜日の1月17日。順番が逆だと思われるでしょうが、私にとっては他の曜日でない、火曜日の1月17日というものに、重い意味があるのです。
22年前の1月17日も、火曜日だったからです。
1995年1月17日、後に阪神・淡路大震災と呼ばれる大地震が、私の住む街を襲った日。
阪神・淡路大震災については2年前に書いたことがあります。
この時に書いた私の気持ちは、今も変わりません。変わる時があるとすれば、私の人生が終わる時だけでしょう。
ただ、もうひとつ思うのは、阪神・淡路大震災は、私が体験した最悪の災害にはなってくれないのだろうということです。高知にいる限り、南海トラフ巨大地震からは、まず逃れられないでしょうし。
なので、どうしても訴えたいことがあります。
1995年1月17日を経験した方。苦痛でなければ、どうかその1日があったことを覚えていてください。それが阪神・淡路大震災の直接の経験でなくても全く構いません。この日があったことを、忘れないでください。
1995年1月17日を経験していない方。歴史の1ページで構いません。どうか、この日何が起きたのかを知っていてください。
そして、どちらの方も。災害がいつ起きるか分からないのは、もう十分ご存知のはず(「天災は忘れた頃にやってくる」とは高知出身の科学者・文学者寺田寅彦の言葉でした)。
どうか「その時」が来た時のために、準備を抜かりなく。
そして、「その時」を生き抜きましょう。