クマムシ博士(一時期クマムシマン)こと堀川大樹氏の研究史『クマムシ研究日誌』が先日刊行されました。私も読んでみて、いろいろ思いが湧いてきましたので、ここでつらつらと。ちなみに、こちらはいわゆる書評ではなくて、読後感というか本に触発された随想という感じです。また、ネタバレもちょっとありますので、この点お含み置きを。
この本は堀川氏がクマムシと出会ってから現在に至るまで、クマムシ研究の日々を綴った半生記的なものです。
私は社会科学者なので自然科学者のキャリアについて詳しくは分かりませんが、それでも、この本に記されている氏の研究歴は、一般的な若手自然科学者よりも波瀾万丈だと思えます。
例えば博士修了後のポスト。日本では就職先が見つからず、アメリカに出ていくというのは珍しくはない話です。ですが、氏の場合は向かった先がなんとNASA。中村さつまいも店((c)池野めだか師匠)ではありません。アメリカ航空宇宙局です。
さらに、氏はNASAからフランス・パリ第五大学に移って研究を続けます。私が堀川氏のことを知ったのは当時のことで、この本を読むまでその辺の経緯を知らなかったため、「フランス」「パリ」「第○大学」というブランドを見て、単純に凄いなと思ったものでした。
ただ、氏の一番の凄さでもあり功績なのは、キャラクターを開発してビジネスを展開することで、研究費を一般から集めるというモデルを確立したことです。ご存知の方もいるでしょうが、そのキャラクターこそが「クマムシさん」です。
研究にはカネがかかります。余程の例外でもない限り、これは当たり前過ぎるぐらい当たり前です。ですから、必要なおカネを調達する能力は研究者として必要な条件なのです。
研究者が研究資金を調達する一般的な方法としては、公的機関や民間の研究助成金を獲りに行くのが挙げられます。また、何らかの研究職に就いている人の中には、毎年研究費をいくらかもらえるケースもあります。ちなみに額はピンキリです。ふんだんに提供されるものっそ羨ましい例もあれば、学生が一日二日バイトすれば稼げる金額のところもあります。研究者がガッポガッポ稼いでるなどとデマを振りまく連中はいい加減にしろと。だいたいねぇ……と話が逸れましたのが、基本はそうやって研究費を確保するのです。
ですが、安定したポストに就いていないと、このどちらも難しいのです。特に後者はまず無理です。研究職の中でも研究費がつかないポストだって普通にあるぐらいですからね。そして、若手研究者にとってはポストに就くことが本当に難しい。運良く就けたとしても、そこで命じられた作業を優先せねばならず、自分の研究を行える保証はありません。ぜひ一度「ピペド」で検索してみてください。この辺の例が出てくるはずです。
それだけに、これまでとは異なる形で研究費調達の道を開いたことは大きな意義があるわけです。もちろん、氏の後に続くには高いハードルがあります。一般ウケするキャラクターを作る、ビジネスを軌道に乗せる、どちらも並大抵のことではありません。モンゴル研究では無理だなとはいえ、大学院の博士課程まで進んでしまうと、「研究職に就く」という以外で研究を続ける道、いや生きる道すら浮かんでこないことがままあるだけに、別の成功事例を示したことには大きな価値があるのです。そんなわけで、私のようなへっぽこ研究者からすれば、堀川氏の研究履歴を見て「比べ物にならない」という印象を新たにします。
その一方で、同じ研究者という生き物として、さまざまな試練にさらされながらも研究を続けようと苦闘する氏の姿に親近感を覚えたのも確かです。学振に落とされる、次のポストが消える、こういう経験は(細かい部分で違いがあるとはいえ)私自身ありました。何より、私自身も堀川氏同様、「任期限付き」という、限られた期間しか保証されない立場に身を置いてきたのです。言ってみれば、氏にはスターに対する憧憬を感じるのと同時に、同じ「若手研究者」としての身近さも感じていたのです(不遜な感じもありますが)。
しかし、今ここで氏の本を読んでみると、私は氏から随分遠いところに来てしまったな、という感慨が浮かんできます。地理的な距離ではありません。パリと大阪より藤沢と高知の方が近いですし。
氏はキャラクタービジネスを続けながら、首都圏に研究拠点を置き政府や財団に資金を頼らない、自立した形の研究を続けています。陳腐な言い方ですが、研究者の生き方としては時代の最先端です。
一方の私はというと、ご存じの通り地方国立大学の教員です。研究資金も減りゆく交付金や、競争で獲ってくる国や財団の資金に頼る立場です。見る人が見たら、旧来型で最先端から程遠いところに移ってしまったと思われるかも知れません。まして、これまでと違って教育や学内行政の比重が一気に増えたわけですし。堀川氏が研究室で研究に没頭する間に、私は田んぼで草を引いている。見た目だけ見れば随分な違いです。
そして、私はこの違いを、それはそれで良いものだと思っているのです。これまでは「研究者としてどう生き延びるか」しか考えられなかったのが、若い学部生や苦闘する地域と真正面から(主観的にはそのつもり)関わる中で、「どう生きるか」を問い、問われる立場になった。表現が難しいのですが、私ももう若手ではない、つまりは「次の世代」に何を遺すかをぼちぼち考えないといけない、そんな立場に変わったわけです。その意味では、私は私で恰好の挑戦の場を与えられたわけです。正直、目の前に控える坂道のきつさに不安はありますが、上った先に広がるであろう風景を期待しているのも事実です。
『クマムシ研究日誌』は、著者の堀川氏にとっても、私にとっても青春の書です。もっとも、私にとっては「終わった」青春の書です。とはいえ、おっさん研究者にはおっさん研究者だからこその希望や期待があったりする。堀川氏とはだいぶ離れましたが、本を閉じて自分のこれからの坂道を登っていかねば、という感想を持ったのでした。
ちなみに、当の『クマムシ研究日誌』は堀川氏のブログ経由でどうぞ。雨林のリンクを張ってもいいのですが、カネにならない上にアフィリエイトだと勘違いされるのも癪なので。