中国の王毅外交部長(外相)がモンゴルを訪問、バトツェツェグ外相と会談しました。ただ日本での報道がモンゴルの立場に関してミスリーディングに思えたので、ここでモンゴルの公式発表や現地報道を基に解説します。
- 0. 要点(Key Takeaways)
- 1. はじめに
- 2. まずは中国側の情報を確認(中国語できないけど)
- 3. モンゴル側の公式発表と報道を確認
- 4. 結果と議論
- 4.1. 分かっているのは「事実」ではなく「発表」
- 4.2. 日本・モンゴル関係への影響は
- 5. まとめ
0. 要点(Key Takeaways)
- 本稿執筆時点で、モンゴルが中国とともに軍国主義を批判したというモンゴル側の公式発表や報道は見出せない
- 本稿執筆時点でモンゴル政府は中国との共同コミュニケを公表しておらず、モンゴル側の態度について検証は不可能
- 現時点で認められるのは中国が「モンゴルが中国とともに日本を念頭に置いた軍国主義批判を行った」と発表した事実だけ
- 日本・モンゴル関係への影響は軽微かゼロに等しい
1. はじめに
中国の王毅外交部長(外相)が2026年6月13~15日の日程でモンゴルを訪問しています。初日の13日にはモンゴルのバトツェツェグ外相との公式会談が行われました。
私はモンゴル現地の報道で王毅外相の訪問について追っていたのですが、ここへ来て、日本から不思議な報道が出てきました。
この報道を見たときは正直言って面食らいました。というのも、この報道を見つけた時点で、中国とモンゴルが軍国主義を批判したとの内容がモンゴル側の公式発表や報道には見られなかったためです。
さらに1日が経過して、共同通信以外にも「中国とモンゴルが日本念頭の軍国主義批判」との記事が出てきました。しかしながら、本稿執筆時点になっても、中国とモンゴルが軍国主義を批判したとの内容はモンゴル側の公式発表や報道には見られないのです。
どういうことなのか?以下見ていきましょう。
2. まずは中国側の情報を確認(中国語できないけど)
モンゴル側の情報を見る前に、まずは「中国とモンゴルが軍国主義を批判した」との報道が中国新華社通信の報道によるものなので、調べてみるとこんな記事がありました。見出しから判断して、この内容が日本での報道の基となったと判断して間違いないでしょう。
……と書いてみたものの、私中国語が分かりません(汗)学部の時に授業を2つとってそれっきりです。
なのでgoogle chromeの翻訳を頼ったところ、
「双方は、第二次世界大戦の結果と戦後の国際秩序を堅持し、国連憲章の目的と原則を遵守し、あらゆる形態のファシズムと軍国主義を非難し、そのようなイデオロギーを復活させようと試みるべきではなく、世界の平和と安全を守り、国際的な公平と正義を維持するためにあらゆる努力を尽くすべきであるという点で合意した」
との一文がありました。厳密な日本語訳はチャイナウォッチャーにお任せしたいのですが(丸投げ)、web翻訳レベルで見つかる記述がより正確な翻訳で消えてしまうというのはきわめて考えにくいです。
なお、新華社の報道後に中国外交部からも共同コミュニケについての発表がありました。
これ「だけ」を見れば、モンゴルが中国に同調したようには見えます。
ですが、中国とモンゴルの外相が会談した内容や結果である以上は、中国側とモンゴル側の双方の発表や報道を見ないといけません。さもなくば、一方的な発表がさも双方が合意したことであるかのような誤解に陥る危険があるためです。
そこで、次にモンゴル側の公式発表と主な報道を見ていきます。
3. モンゴル側の公式発表と報道を確認
本稿執筆時点でモンゴル政府公式ウェブサイトは共同コミュニケの内容を公表していません。さらに言うと、共同通信の報道があった時点では、下記のバトツェツェグ外相と王毅外相との会談についてのみ公表されていました。
念のため魚拓もとっておきました。って今の若い人に魚拓って分かってもらえるか不安ですが。
ページ右上の"ENG"を選択すれば英語版が出てきますし、日本語で読みたい方はweb翻訳を試しても良いと思います。モンゴル語のweb翻訳は固有名詞等の間違いがひどく、訳文としてはとても使えませんが、概要を理解する助けにはなるでしょう。ってか、私も前項で中国語翻訳を使ったばかりなので人のことは言えないですし。
ともあれ、読んでいただければ、「軍国主義」「ファシズム」に相当する記述がないことに気づいていただけることでしょう。
また、王毅外相は外相会談に先立ってフレルスフ大統領と会見しているのですが、ここでも「軍国主義」「ファシズム」という言葉は出てきません。
■ Ерөнхийлөгч У.Хүрэлсүхэд БНХАУ-ын Гадаад хэргийн сайд Ван И бараалхлаа
さらに、外相会談後の6月15日にはオチラル首相との会談が行われており、政府サイトから広報がありました。日本でモ中外相会談が報じられた後の話です。
そしてここでも「軍国主義」「ファシズム」という話はありません。強いて言えば、台湾、香港、新疆、チベット*1関連問題が中国の内政(問題)であり、「1つの中国」原則を支持するとの見解が示されていて、中国の主張を支持する内容ではあります。とはいえ、これをもって両国が日本を念頭にした批判を行ったとするのはいくらなんでも無茶な話です。
一方、モ中外相会談に関するモンゴル国内の報道については、モンゴル最大の通信社であるモンツァメ通信社の記事を見ておきましょう。モンゴルではニュースサイトやメディアが乱立していて、全部を見るのは絶対に不可能なので、代表的なものとして紹介します。気になる人は自分で調べてください。
まずはモンゴル語報道。記事と動画があります。
■ Гадаад харилцааны сайд Б.Батцэцэг БНХАУ-ын Гадаад хэргийн сайд Ван Итэй хэлэлцээ хийв (Монцамэ, 2026.6.14.)
■ Гадаад харилцааны сайд Б.Батцэцэг Бүгд Найрамдах Хятад Ард Улсын Гадаад хэргийн сайд Ван И-тай албан ёсны хэлэлцээ хийлээ (Монцамэ, 2026.6.14.)
続いて英語報道です。
■ Foreign Ministers of Mongolia and the PRC Held Official Talks (Montsame, 2026.6.14.)
こちらもご覧の通りで、「軍国主義」「ファシズム」という言葉を見つけることはできません。動画については念のためYouTubeで文字起こし機能も使って確認したのですが、やはり「ファシズムや軍国主義を非難」に相当しそうな部分は認められませんでした。
また、念のため中国語版も見てみました。中文報道だけ中国に気を遣うというのも考えられないではないですし。ですが、モンゴル語・英語報道と内容はほぼ変わらないようです。
■ 蒙中两国外长举行正式会谈 (蒙古通讯社、2026.6.13.)
以上から、中国外交部が公表した「共同コミュニケ」の内容について、モンゴル側の態度を公式資料や報道から検証することは不可能です。「共同コミュニケ」である以上、中国が一方的に作成したものとまでは考えられないのですが、発表については少なくとも現時点では一方的と言えます。それゆえに、モンゴル側が「共同コミュニケ」の内容を積極的に承認しているまでは判断しがたいのです。
4. 結果と議論
4.1. 分かっているのは「事実」ではなく「発表」
ここまで見てきた通り、現時点でモンゴル政府の発表や報道からはモンゴルが中国による軍国主義やファシズム批判に同調したと言えるだけの根拠は見出せません。まして、見出せない批判が日本を念頭に置けるわけもありません。
もっとも、本稿投稿後に新たな公式発表が出てくる可能性はあります。ですが、外相レベル、しかもモンゴルにとって2つしかない隣国たる中国との外相会談の重要性を考えれば、内容が後出しになることは考え難いですし、よしんば出てきたとしても、すぐに公表可能なものをなぜ遅れて出したのか、という新たな疑問が生じます。
以上から判断する限り、現時点で認められるのは、「モンゴルが中国とともに日本を念頭に置いた軍国主義批判を行った」というよりは、「モンゴルが中国とともに日本を念頭に置いた軍国主義批判を行った」と中国が発表した、ということに過ぎません。分かっているのは「軍国主義批判」があったという事実ではなく、「軍国主義批判」があったと当事者の一方のみが発表したという事実だけなのです。
4.2. 日本・モンゴル関係への影響は
もっとも、「共同コミュニケ」という文書がある以上、モンゴルが実際に中国に同調した可能性は残ります。そうだとしたら、モンゴルの対日本関係に影響が出ないかという懸念する方もおられるかも知れません。
ですが、実際にどのような影響が起こる可能性は非常に小さいと考えられます。ここまで「日本を念頭に置いた」軍国主義批判と書いてきましたが、実際の文書には日本どころか特定の国の名前は挙がっていません。そのため、モンゴルはこの件で意見や見解を問いただされたとしてもしらを切れば済みます。
また、日本にとってモンゴルを問いただす意味もまずありません。社会主義時代ならいざ知らず、日本・モンゴル間で防衛部門どうしの協力や交流が進む中、中国が主張するような日本の「軍国主義化」が進んでいるとモンゴルが本気で考える状況にはないからです。
そうだとすれば、「共同コミュニケ」があったとして、日本がとるべき態度は「華麗にスルー」です。ならこのエントリも要らないじゃないかという気もするのですが、冒頭のような報道が出てしまった以上、反射的にモンゴル批判に走る向きも出てくる懸念があり、それが拡大すれば日モ関係に要らざる火種が生まれるんじゃないかという不安を感じたのです。なので本稿であえて「火消し」を試みた次第です。
5. まとめ
冒頭で示した本稿の要点を再掲しておきますと、
- 本稿執筆時点で、モンゴルが中国とともに軍国主義を批判したというモンゴル側の公式発表や報道は見出せない
- 本稿執筆時点でモンゴル政府は中国との共同コミュニケを公表しておらず、モンゴル側の態度について検証は不可能
- 現時点で認められるのは中国が「モンゴルが中国とともに日本を念頭に置いた軍国主義批判を行った」と発表した事実だけ
- 日本・モンゴル関係への影響は軽微かゼロに等しい
それにしても、なぜ日本のメディアからあのような記事が出たのかとは思ってしまうところです。私はメディア経験者ではないので素人の推測なのですが、考えられるのは(1)モンゴルでの公式発表や報道について確認していなかった、(2)モンゴルでの公式発表や報道を確認した上で報じるまでもないと判断したという2つです。
このうち(1)が論外なのは言うまでもないでしょう。対話や交渉において片方の言い分だけを聞き、それが事実であると判断したに等しいわけですから。それを考えれば(2)はマシな部分があるかも知れませんが、なぜ両者のトーンの違いに気づけなかったのか、注目できなかったのかというのは疑問です。せめて「モンゴル側からは公式な発表はない」と入れるだけでも印象は違ったので、そこは残念です(もしもそのような一文を入れようとして削除されたのなら、記者さんには同情しますが)。
以上、思わぬ内容の報道が出て驚かされたのですが、どうぞ当ブログ読者の皆様におかれましては冷静に受け流していただかれたいと思います。無用な反応で「親日国」モンゴルとの関係がぎくしゃくすることこそ、まさに「思うつぼ」ですからね。
*1:ここで内モンゴルが出てこなかったのは興味深いところです。出すまでもない、ということかも知れませんが。
