ウランバートルで開催されたモンゴル・日本文化交流50周年記念学術会議で研究報告「日本マンガが描く日本・モンゴルの交流について」を行いました。よくよく考えたらかなり冒険的な研究になった気も。
2024年10月21日にモンゴル科学アカデミー国際研究所で「モンゴル・日本文化交流50周年」モンゴル・日本文化交流50周年記念学術会議が行われました。1974年に日本とモンゴルとの間で文化交流協定が締結されてから50周年になるのを記念しての会議です。その中で、当方は"Монгол-Японы харилцаа япон манга зурагт номд тусгалаа олох нь(日本マンガが描く日本・モンゴルの交流について)"というモンゴル語報告を行いました。
日本のマンガの中には少数ながら現代モンゴルに舞台を求めたものがあります。今回はこれらの中から、主人公らとモンゴルの登場人物(人間とは限りませんが)との交流を描いた以下の4作品を例として、その交流がどういうものかを考察したものです。
このうち、『みどりのマキバオー』は4~5巻、『天才柳沢教授の生活』は15巻、『蒼き大地ブフ』は全2巻、『たいようのマキバオー』は9~11巻で、モンゴルが舞台となっています。特に『みどりのマキバオー』のモンゴル編はアニメで放映されていたはずですし(私はなぜか見逃したのですが……)、そこで初めてモンゴルという国を知った方もいるでしょうね。
報告の内容を詳しく書くとマンガのネタバレになるので簡単にとどめますが、どの作品も主人公が目的を抱いてモンゴルに渡り、モンゴルの伝統文化や遊牧生活に学ぼうと苦労を重ねた末に求めたものを手に入れる、あるいは将来手に入れるであろうことが暗示される過程が描かれています。
そして、その過程でモンゴル側から重要な役割を果たす人物(人間以外もいますが)が現れます。彼らは当初、日本から来た主人公らに優しくは接しません。むしろ無関心であったり、厳しい態度で臨みます。しかし、主人公と関わっていく過程で、目的を果たすために奮闘する主人公らを認め、ついには彼らを助けようとします*1。
つまり、これらの作品では、日本側とモンゴル側のキャラクターの関係が無関心や対立から始まり、それぞれの作品で繰り広げられる出来事を経て、両者の間に承認・理解、さらには協力が生まれてくるのです。そして、このようなプロセスは、二度の交戦と異なる体制による疎遠さの中から始まり、徐々に相互理解を重ね、モンゴル民主化を機に一気に拡大していった現代の日本とモンゴルの文化交流の歴史そのものを、はからずも象徴することになっている、というのが、私の報告の論旨です。なお、上で述べた出来事がどういうものなのかについては、それぞれの作品をぜひ読んでみてください。
どのような形であれ、私が研究成果の発表に取りかかるときには、「こんなものを形にして大丈夫だろうか」という恐怖心に憑かれるものです。ただ、普段ならどこかの時点で、その恐怖心を〆切破りへの恐怖心が打ち消すのですが、今回に限ってはその恐怖心が当日まで残りました。
というのも、日本の読者向けの「モンゴル」が、モンゴルの人々に受け入れられるのか、不快感や怒りを買わないだろうか、という不安を消し去ることができなかったからです。日本の読者なら、馬が馬どうしでも人間とでもしゃべろうが、日本人が外国の文化習慣を試そうが、おかしいとも何とも思わないでしょうが、当のモンゴルの人々からすれば、別の受け止め方があって当然で、それが最後の最後まで読めなかったのです。
ですが、報告当日の反応を見る限りでは、心配したような反発はありませんでした。むしろ、報告内容について私が回答できる程度の(ココ重要)質問もいくつか頂きましたし、作品のストーリー含め、好意的に受け止めてもらえたのかな、と勝手に解釈しています。
そして、もし私の解釈が正しければ、それは作品それぞれがモンゴルについて好意と敬意をもって描いたからだと私は考えています。ここでも詳細は書きませんが、それは作品に登場するモンゴル側の登場人物(人間ばかりではないですよ)のセリフから判断することができます。
そんなわけで、今回は結果として、日本とモンゴルの交流の中で生まれた良い作品を紹介できたので、手前味噌ながらその点には満足しています。これから新たな50年が始まるわけで、文化交流100周年は流石に関われないでしょうが、その時に、こんな交流の一断面もあったと思い出してもらえれば嬉しい限りです。
*1:ただし『たいようのマキバオー』だけは若干違っていて、モンゴル側の登場人物(人間だけではありませんが)は主人公に厳しい修業を施すものの、他の作品とは異なり当初から好意的です。もっとも、それも『みどりのマキバオー』で、本文で述べたような主人公との交流があってのことではあります。