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【モンゴル大統領選挙2017】バトトルガ新大統領と今後の行方

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 モンゴル大統領選挙の最終結果が発表され、バトトルガ候補の当選が確定しました。長かった選挙期間は終わり、焦点は新大統領就任後の行方に移ります。

 

  

 選挙中央委員会が発表した最終結果は下記リンク先から確認できます。

 

■ ..:: МОНГОЛ УЛСЫН ЕРӨНХИЙЛӨГЧИЙН 2017 ОНЫ СОНГУУЛИЙН 2 ДАХЬ САНАЛ ХУРААЛТЫН ДҮН - Сонгуулийн Ерөнхий Хороо ::..

 

 これによれば、投票者数は1,207,787人で投票率は60.67%。バトトルガ候補が有効投票数の過半数を辛うじて上回る50.61%となる 611,226票を獲得した一方、エンフボルド候補の得票は497,067票で、比率は41.16%。白票が99,494票と、全体の8.23%に上りました。細かい票数や比率の違いはありますが、今回の投票結果について、昨日のエントリで示した見方や結論を変更する必要はないと判断しています。

 

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 今回新大統領に当選したのは民主党のハルトマーギーン・バトトルガ元工業・農牧業相。与えられた任期は2021年までの4年間、ただし任期後は1回のみ再選が可能です。昨日にはエルベグドルジ現大統領がバトトルガ氏と会見、明日10日に大統領としての宣誓を行うよう準備を進める旨ツイートしています。

 

 

 モンゴルでは毎年7月11日から全国ナーダムという祭典を開くことになっており、その開会の式辞を大統領が述べるので、それに何とか間に合わせるということでしょう。これ、もし当初予定通り9日に2回目投票が行われて、しかも開票に手間取ってたらどうなったんだろうとは思ってしまいます。

 さて、新大統領のバトトルガ氏のプロフィールについては、以前のエントリでお伝えしたところです。

 

3710920269.hatenablog.jp

 

 そして人物以上に気になるのが、バトトルガ氏が大統領として何をどう行うかです。この点については、やはり選挙公約を見るべきで、モンゴルの各紙・ニュースサイトも氏の選挙公約をあらためて掲載しています。この公約についても、以前のエントリでざっと(長いので……)ご紹介しております。

 

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 ただし、バトトルガ氏は2回目投票当日以降、公約以外にも政治上の方針を示しています。まず、氏は投票を終えた後に記者のインタビューに応じ、大統領に選出された際には政治家のオフショア資金をモンゴルに還流させると宣言しています。

 

www.montsame.mn

 

 さらに、当選の可能性が現実味を帯び始めた8日未明には、インタビューでモンゴルの債務解消に向けた意欲を語っています。

 

www.montsame.mn

 

 このうち、選挙公約については上記のエントリでも簡単に論評を加えたのですが、ここでは新たに加わった2つの方針も含め、気になる点を述べたいと思います。キーワードは「リスク」と「実現性」です。

 まずオフショア資金還流について。この発言を聞いて、バトトルガ氏自身がオフショア資金問題の渦中にいることを瞬時に思い出した方もいらっしゃることでしょう。言わば(好きな言葉ではありませんが)ブーメランを意図的に放ったようなものです。自ら進んでオフショア資金を移動させたとして、国民が納得するかどうかは未知数ですし、あるいはオフショア資金などないと言おうものなら途端に反発が起きるでしょう。また本気でオフショア資金還流を目指したとして、それに他の政治家が従う保証はありませんし、当然ながら今になってこの発言を無かったことにもできません。この問題は氏の政治基盤を揺るがすリスクを孕んでいます。

 また債務解消については、もう1つのキーワード「実現性」にも関わってきますが、どのように行うのかが問題となります。IMFをはじめとする融資供与側の理解を得ながら徐々に進めていくのが本筋ではありますが、外国報道では繰り返し「ナショナリスト」と評されるバトトルガ氏に対して、債務解消発言をどう解釈すべきか、極端なキャンペーンを張らないか、とりわけ外国投資家や国際機関が警戒感を持ったとしても不思議はありません。そしてそのような警戒感は、モンゴルの投資・融資先としてのイメージにも関わってきます。

 そして、上記いずれの公約・方針についても、モンゴルの大統領に実現するだけの権限があるのか、という大きな疑問が生じます。この疑問は、選挙公約が出た時点でカナダ・ブリティッシュコロンビア大学のJulian Dierkes准教授が既に述べています。

 

■ Presidential Competencies and Election Platforms | Mongolia Focus

 

 合わせて、モンゴルの大統領制度が「半大統領制」に分類されることも思い出してください。モンゴルでは大統領の権限は決して強いものではなく、国会が選出した内閣とともに行政を担当しなければならないのです。

 

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 そして、国会は今も人民党が圧倒的多数の議席を有しており、内閣も人民党単独です。人民党敗北の結果を受けて、首相や国会議長(人民党エンフボルド候補その人です!)の辞職という観測も流れていますが、だとしても後任は人民党から選ばれることは間違いないでしょう(民主党との連立の可能性もゼロではないですが、首相職を人民党が手放すとは考えにくいところです)。

 つまり、バトトルガ新大統領には選挙公約を自力で実現できるだけの権限もなければ、内閣・議会の協力も得にくい立場にあります。国会の決定に拒否権を行使したとしても、人民党がまとまれば余裕で覆せます。挙国一致、あるいは二大政党間で合意できるようなものでもない限り、現状では公約・方針の実行は極めて困難です。もっとも、二大政党の合意で政治が進んだとしても、両党の野合を訴える声が強まるリスクはありますが……

 ただし、今述べたのは現行憲法下の話です。モンゴルでは目下憲法改正の議論が進んでおり、ここで大統領権限の強化ができれば、条件は大きく変わります。とはいえ、議会を支配する人民党が自らの権限に制約をかけるのは期待しがたいですし、どこまで現実味のある話かと言われれば心許ないところです。

 ようやく大統領に選ばれたバトトルガ氏ですが、前途はどう見ても多難です。ただ救いは、これまでの民主党はとかく派閥間の反目が目立ったのが、今回の選挙ではほとんど見られなかったことです。また、人民党の体制立て直しが長引いたり、内部の対立が露わとなれば、それだけバトトルガ氏や民主党には有利になります。前回の大統領選挙では当時の人民革命党、現人民党のエンフバヤル候補が敗北、翌2010年には党が分裂、さらに2012年には総選挙で野党に転じた下野しています。バトトルガ新大統領には、まずは慎重に公務を務めつつ、時機を待つことが求められそうです。