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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

第88回センバツ釜石対小豆島観戦記(後)島の夢、島の意地、島の誇り

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 背番号18の赤いウインドブレーカーで埋め尽くされた3塁アルプススタンド。小豆島の内外から集結した人々が、歴史的試合の幕開けを待ちわびています。

 

 

※ 試合に入る前に、前篇は下記リンク先から。

3710920269.hatenablog.jp

 

 ノック後のグランド整備も終わりかけた頃、小豆島高校の選手たちが3塁側スタンド前まで走ってくると、賑わうスタンドがさらに活気づきます。

 

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 試合前に一礼する一団。スタンドの熱気はさらに高まります。

 

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 1回戦ということで、釜石と小豆島、両校の紹介映像が流されます。

 甲子園の大きなバックスクリーンに、内海湾の風景が映されます。

 

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 小豆島高校の校舎。統合を控え、高校校舎として最後を迎える前に、その姿を甲子園の観客と、NHKの中継を通じて全国の人々に知らしめます。

 

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 試合開始前、最後の素振り。この後ベンチに戻ってバットを置くと、全員一列で、その時を待ちます。

 

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 掛け声一下、ホームベース前に走り出した両チームの選手たち。

 

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 試合開始前の一礼。さぁ、夢の舞台です!!

 

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 最前列から最上段まで、アルプススタンドが一丸となっての校歌斉唱。野球部創立以来90年余、島の人々が待ち望んだ瞬間がやってきました。

 

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 少年野球部員による始球式に続いて、いよいよプレーボールです!

 

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 この日の両チームスタメン。小豆島高校は先攻、選手宣誓で話題を呼んだ樋本がトップバッターを務めます。

 初回、その樋本が制球の定まらない釜石の投手岩間からあっさり四球を選びます。続く須藤がきっちり送ると、さらに長谷川も四球を選んでいきなりのチャンス到来!しかし、4番植松はセカンドゴロ、何とか併殺は免れて2死1, 3塁となりますが、石川が三振で得点はなりません。

 

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 その裏、小豆島の先発はエース左腕長谷川。スリークォーターからの投球は速度こそないものの、相手打者に捉えきることを許さず凡打で打ち取っていきます。日ハムにいそうなタイプですね。

 長谷川は1回裏は先頭打者にヒット、直後には犠打こそ許すものの、後続を難なくフライアウトにとって無失点で終えました。

 

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 両校の校歌が流される2回。小豆島は再び先頭打者を塁に置き、2死3塁にまで持ち込みますが、釜石の好守に阻まれてまたも得点ならず。

 

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 2回裏、校歌に合わせて掲げたタオルマフラーを揺らす釜石の応援団。この人数だって多い部類に入りますし、迫力は十分です。3塁側が多過ぎるんです。

 直後の2回裏の攻撃、釜石は1死からショート深いところへの当たりで走者が出塁しますが(記録はショートの送球エラー)、直後に6-4-3の併殺で結局3人で攻撃終了。試合は投手戦の様相を呈してきました。

 そんな3回、小豆島が三者凡退で攻撃を終えたのに対し、釜石は先頭大尻がヒットで出塁すると、長谷川が牽制でまさかのボークを取られ無死2塁。さらに直後の犠打も決められ、1死3塁のピンチ。しかも打者はトップの佐々木航に返ってしまいます。

 

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 ここで佐々木航はセンター前にきっちり運び、3塁走者大尻は難なく生還。先制点は釜石に入りました。とはいえ、長谷川はこれ以上の失点を許さず、0-1で序盤は終了します。

 

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 イニングの合間、リボンビジョンには両校への応援メッセージが流されます。

 

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 小豆島は香川県にあるので、香川県在住の方のメッセージが多いかと思いきや、ご覧の通り兵庫県も並んでいます。島を離れた人が応援を寄せているのかも知れません。

 島の人、島の外の人。高校野球を通じて、心が1つに集まっています。

 さて、試合はこの後膠着状態に入ります。小豆島は単打こそ出ますが打線を繋げることができず、得点圏に走者を進めても、相手投手岩間の逃げる球に手が出て空振りに終わってしまいます。

 一方の釜石は積極的に振っていく攻撃で、小豆島の長谷川を脅かします。時にはライン際の2塁打も出ますが、危ないところで長谷川がかわし、追加点を奪わせません。

 よくしのいでいるが、チャンスらしいチャンスが巡ってこない。このままで終わるとは思えませんが、もしそうだとしたら不完全燃焼もいいところ。何より、失点につながるミスをしてしまった長谷川には悔いが残ります。何とかできんのか!?

 そう思いながら、試合は終盤へと移っていきます。すると、ここまで早打ちに徹していたはずの釜石が、ストライクでも見逃しはじめます。どういうことだ?あるいは長打狙いに変えたのかも知れない、そんな解説も聞こえてきます。

 なるほど、確かに長打は怖いですが、そうなれば大振りになりますから、確実に当ててくるよりもスキが生まれます。であれば、なおのこと相手の芯を外させれば良い話。相手に狙い通りの攻撃をさせなければ、流れはこちらにも来るはずです。

 長谷川は6回、7回とピンチに見舞われるものの、守備にも助けられたのと、何より大きな辺りを打たれなかったので無失点を続けます。ただ攻撃陣は相変わらず岩間を攻めきれず、8回表の攻撃も終わってしまいました。攻撃機会はあと1回、最小得点差が重くのしかかります。

 ところが、8回裏に落とし穴が待ち受けていました。

 この回、長谷川は1死から先制打の佐々木航に二遊間を破るヒットを打たれると、続く岡道が送って2死2塁。このピンチで長谷川が投じた初球は、打者奥村にセンター方向へと弾き返されます。延びていく打球を必死で追いかけるセンターとレフト。まずい!

 

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 ……一瞬の恐怖の後、打球はセンター阪倉の頭上を越えて外野の芝生上に落ちました。2死の場面で打球が飛ぶとともにスタートしていた2塁走者は悠々生還、この試合たった1本の長打らしい長打で、「次の1点」は釜石に入りました。

 

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 あまりにも痛い失点に、一度は静まり返った3塁側スタンド。

 しかし、ここで諦めることはできません。たった1イニング残った攻撃機会、気持ちを奮い直した人々の必死の応援が始まります。9回表の攻撃は4番から、とにもかくにも何があるかは分かりません。

 そして始まった9回表、小豆島の攻撃。先頭の植松は倒れましたが、直後の石川がヒットで出塁!そして続く阪倉は鋭い打球を放つと、これがショートを強襲。さらに跳ねた打球をレフトが撮り損ね、打球は外野を転々としていきます。その打球をレフトが追いかける間に、石川は1塁から迷わず走り続けます。このままならいける、行け!突っ込め!!行ける!!行った!!!

 

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 石川の1塁からの長躯は大成功!小豆島高校、ついに甲子園で史上初めての得点です!!

 記録上は強襲安打とレフトのエラーとなるプレーで、なおも同点のランナー阪倉は2塁に残り、同点への期待が高まります。沸きに沸く3塁側スタンドを希望が包み込みます。

 ここで打者は下地。変化球を打った打球はサードに阻まれますが、阪倉の好走塁で2死3塁。まだ望みは繋がっています。内野を破れば、頭を越えれば、まだ甲子園で小豆島の野球が見られるのです。

 そして打者宝来、2球目を弾き返した打球はグラウンダー。抜けろ!!

 ……しかし、その打球が転がっていったのはセカンドの前。捕球したボールはそのままファーストに送られて打者アウト。

 

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 試合終了。小豆島高校、あと一歩だけ及びませんでした。

 

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 最終スコア。両チームがしのぎあった試合でした。エラーも実質は小豆島の悪送球1つだけ。当事者として見るのでなければ、好ゲームの1つと捉えることはできるでしょう。健闘むなしく敗れたチームを応援した者でなければ。

 

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 勝者釜石の校歌演奏と、ベンチ前でそれを聞く小豆島のメンバー。高校野球で最も残酷で、最も映えるシーンです。

 

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  釜石の校歌演奏終了後、応援席前に集まった小豆島のメンバー。

 

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 最後の最後まで意地を見せた彼らを、スタンドが温かい拍手と歓声で迎えます。

 

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 両チームの挨拶が終われば、もう次の試合に向けた準備が始まります。早々に退出する釜石の応援団の前で、第2試合に出場する明徳義塾の選手たちがキャッチボールを始めていました。

 

 試合は終わりましたが、ここでちょっととりとめのない話をさせてください。

 先にも書きましたが、私は長らく甲子園で暮らしてきた人間です。その私にとって、高校野球は春であれ夏であれ、いろんな高校が入れ代わり立ち代わり野球をするものでした。

 そう書くと伝わりにくいと思いますが、必死でプレーする選手、応援する人々、そんな強い思い入れを持った人々が球場に来ては去っていくのに対し、私はどのチーム、どんな人にも思い入れを持つことはほとんどなく、いわば彼らを「身近な風景」として見てきた、と言えば良いでしょうか。

 その理由には、私にとって高校野球阪神タイガース同様「近所にある当たり前のもの」であったから、というのがあります。ただもう1つ、特定の高校に思い入れを持とうにも、持つ先がなかった、というのが、私にとっては大きいです。

 私が通っていた高校には野球部がありました(決して強くはありませんでしたが)。ただ、その高校は再編を経て、今はもうありません。客観的には「発展的解消」と言えるのですが、名前自体は、残っていません。

 そして再編された先には野球部はないようで、毎年県大会の時期にもなれば、組み合わせを見て、ああ今年もなかったな、ということの繰り返しです。私の夏の高校野球は、他人事として見ようとしない限り、新聞を見るだけで、1試合もなく終わってしまいます。

 ただ、そんな私が、故郷の高校を応援できた。本当は勝ってほしかったですが、1試合だけでも、故郷の晴れ舞台を見届けることができた。

 それは、私にとって、本当に思いがけない贈り物でしたし、本当に幸運な、何より幸せなことだったと思っています。

 統合間近の高校が見せた夢と意地。それらがもたらした、島にとっての誇り。これから、大事に心の中にしまっておこうとおもいます。

 

 

 なお私用でこの試合後に帰ったので、明徳義塾の試合は見てません。ごめんね。