定期列車として最後に残った急行列車・夜行の客車列車、客車による最後の定期列車*1、かつては定番だった開放型(個室ではない)B寝台を最後まで連結した列車……さまざまな「最後の」列車となってしまった急行「はまなす」。北海道新幹線開業と引き換えに姿を消すこの列車で、今夜津軽海峡を越えます。
ディーゼル機関車の大きなエンジン音とともに、札幌駅に「はまなす」が入線してきました。
機関車に描かれた星のイラスト。去年春に運転を終了した「北斗星」に使われていたことの証です。
ブルートレインの歴史を引き継ぐ最後のB寝台。エンブレムは「はまなす」独自のものです。
年末で乗客の多い時期ということもあり、この日は寝台車が増結されていました。それでもチケットは発売早々に売り切れていましたが。
4号車はカーペット車。指定席料金だけで横になれるので人気の車両です。
ただよく見ると、車両の側面は波打ち、塗装がはがれかけているところがあります。「はまなす」をはじめ夜行の客車列車が姿を消して行った背景には、このような車両の老朽化が挙げられます。だったら新しい車両を作れば良いではないか、とは私も思いたいのですが、事実としてそうはならなかったのです。
カーペット席のロゴ、大型版。
こちらがカーペット席。上下に分かれていて、下段は一部が仕切られている一方、冗談は半ば個室状態です。一度上段に行ってみたかったのですが(下段は一度だけある)、叶わぬ夢になってしまいました。
5号車と6号車はドリームカー。指定席なのですが、一般のものよりシートが厚く、またピッチも広くつくられています。一方で、普通の指定席もあるわけで、同じ料金でサービスが随分違うことになります。
ドリームカーの車内。昔のグリーン車を思い出させるシートです。女性専用席の設定もあります。値段の割に設備が本当に良いわけで、運転終了が惜しまれるのも当然です。
最後尾まで来ました。この辺りは自由席なはずです。料金さえ払えば原則いくらでも乗れるので、札幌で呑んでから苫小牧や室蘭方面に帰る乗客の利用もあれば、ハイシーズンには座席にあぶれ、デッキで座り込んだり、寝転んでしまう乗客もいたとか。
「はまなす」のロゴ。花が盛りを迎える夏を待たずに、消えていきます。
さて、乗り込んだ列車は定刻通り札幌を発車。新札幌、千歳、南千歳と順調に進んでいきます。B寝台車の車内放送は早々に終わりましたが、指定席以下はしばらく続きます。車内が減灯になるのも先の話のようです。とはいえ寒い中を出歩いたりした疲れもあり、早々に寝入ってしまいました。
次に目を覚ましたのは函館停車中。ここで進行方向が変わるので、機関車を付け替えます。今頃は熱心な人が写真を撮りに走っているのでしょう。
かく言う私も熱が無いではありません。とはいえ、昔撮ったことのあるものですし、今は何より、この車内で過ごす時間を大事にしたい(寝ていたい、ともいう)。そのままうとうととしていると、列車は逆向きに走りはじめました。
そこから意識が飛んでは繋がり、繋がっては飛んでを繰り返し、気がつけば木古内。かつての江差方面への分岐駅、新幹線の駅ももうすぐできます。ここから津軽海峡線、いよいよ青函トンネル。既に何度も通った経験はありますが、それでも木古内を過ぎると眠くても気分が高まります。
木古内を出て、いくつかトンネルを越えてから、汽笛とともに青函トンネルへ。これまでの経験から、どのぐらいの時間に車窓から灯りが見えればどの辺りか、どのぐらい時間が立てばトンネルを抜けるか、ある程度の感じは分かりそうなものです。ですが、この日に限っては、とにかく時間がかかる。まだ竜飛海底(以前の駅名、現在は廃止)には着かないのか、それどころか最低点もまだなのか。次第に訝しくなってきます。
ただ考えてみれば、今は北海道新幹線開業前の準備で、「はまなす」の所要時間は以前より長くなっている。青函トンネル内はかなりゆっくり走っているのではないか。そう考えるととりあえず納得がいきます。それからどれだけ時間が経ったか、トンネル内が急に明るくなり、ようやく竜飛海底駅のあった辺りを通過します。ここはかつて見学者用に営業していた駅で、一般的な乗り降りはできなかった(竜飛海底で降りたら、また戻らなければならなかった)珍しい駅です。新幹線建設に伴って現在は廃止されていますが、非常の場合の避難設備があるためか、あるいは工事の拠点になっているのか、今も以前同様、明々といくつもの電灯がついています。その灯りが過ぎ去るスピードを見て、以前このトンネルを通った時よりも、やはり速度は遅いのが分かりました。
そこから列車は加速するでもなく、いつ出口に着くのだろうと思い出したそのしばらく後に、トンネルの暗がりがまだ明けぬ空の闇に変わりました。本州側出口通過。外は吹雪、目の前の風景は北海道と同じ雪色から始まります。その中で、無数の電灯に照らされた、あまりにも新しい構造物が現れ、過ぎ去っていきます。新幹線の新駅です。その後も途中停車も交えながら列車は急ぐわけでもなく進んでいきますが、終点青森は確実に近づいています。最後の名残、車内を歩いてみました。
ドリームカーのラウンジ。発車後は乗客がいたのですが、すでに自分の席に戻ったのか、もう誰もいません。自由席の利用者が陣取ることもなかったようです。
通常の指定席車両には自動販売機。北海道だけあってドリンクはサッポロ、広告は北海道日本ハムファイターズのものです。
そして、商品にもファイターズの選手の姿。球団の定着ぶりを再確認する一方、この自販機の春以後の運命も気になります。
寝台車では身支度をする人々。おそらくはもう戻ることのない、この車両を出るところです。
そうするうち、歩みを進める列車の旅程は少しずつ無くなっていき、さらに速度が緩み、それでももう進む先は失われつつあり、はたして終点青森に着いてしまいました。
終点に着いた「はまなす」。屋根や側面に吹き付けた雪がようやく溶けています。
青森駅は青函連絡船時代の名残で、北側が行き止まり。そんな駅に客車列車が突っ込んでいるので、駅を出るには反対側に機関車をつながなければなりません。
少し前なら「北斗星」「日本海」「あけぼの」、遡れば「エルム」「あおもり」「ゆうづる」「津軽」「八甲田」……一日に何回も見られたこともある客車列車の機関車付け替えの光景も、あと少しで、日常の光景ではなくなります。
機関車を無事連結。
できれば列車を見送りたい。名残は尽きません。ただ、この日は乗り換えの時間がほとんどない。ここで乗り遅れるわけにはいきません。湧き出る情を抑え込み、乗り換え列車のホームに急ぎました。