高知方面からの列車が山に分け入り、峠のトンネルを越えた先にあるのが吾桑駅。須崎市内では一番北の駅です。
吾桑と書いて「あそう」と読みます。インパクトとしては強くはありませんが、生返事ということで、珍名駅の部類に入れられることはあるようです。
今も残る木造の駅舎。
保線用の機械も待機していました。山あいの駅ですが、決して小さな駅ではありません。
待合室。窓口は例に漏れず閉じられています。
駅には温泉の看板がありました。「ハイヤー」というのが時代を感じさせます。
奥では地元の方々でしょうか、待合室で花を活けていました。地元の駅を大事にしようとする人々が、ここにもいます。
高知線の歌は、1番の須崎から2番はここまで飛びます。当時は間に駅もなかったのでしょう。
歌詞に出る「桑田山」は、先程の看板に出てきた「そうだやま」。この駅があるのは吾井郷ですが、かつては吾桑村という村だったとのこと。吾井郷と桑田山、頭文字を組み合わせれば「吾桑」となります。それがかつての村名の由来なのか、どうなのか。
ホームは長く作られています。この駅で特急列車に乗り降りすることはできませんが、行き違いはできるようです。
ただ、特急列車だけではこんなに長い上下線は必要ありません。
あるいは、かつて貨物列車もここで行き違っていたのかも知れません。
山あいの駅。昼下がりの列車の合間、ホームにいる人はいませんが、今も駅を守る人々がいます。
山を下りてきた須崎行の列車が入ってきました。ここからさらに下っていけば、多ノ郷、大間、その次が終点須崎です。