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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

「モンゴルの200歳のミイラ」記事の謎を追う

 私がツイッターでフォローしている「ネット上のデマまとめ」さんのブログで、「モンゴルで200歳のミイラが発見されたという記事が出てきたが、どうも怪しい」という主旨のエントリが上がっていました。

「モンゴルの200歳のミイラ」記事について検証 - 情報検証雑記ブログ

 

 エントリで検証対象になっていたのが、『ロシアの声』日本語版のこちらの記事です。

 

モンゴルで蓮華座のポーズで座っている約200歳の男性の遺体が見つかる - News - 社会・歴史 - The Voice of Russia

 

 エントリでは、この『ロシアの声』の記事がネタ元としたモンゴル紙『モーニング・ニュース』の記事を機械翻訳にかけて検証しています。その上で、『ロシアの声』の記事は誤報ではないか、という結論に達しています。

 モンゴルのニュースサイトの記事となれば、私が気にしないわけにはまいりません。早速そのリンクをたどってみました。当該の記事はこちらです。

 

MorningNews.mn - Нийслэлээс 200 гаруй жилийн настай муми олдлоо

 

 で、どうなったかといいますと……以下、記事の内容です。

 

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「首都で200歳強のミイラが見つかった」

 モンゴル国から、中でも首都ウランバートルの領域から、男性のミイラ化した遺体が見つかった。

 遺体は国家司法調査委員会で昨日(訳者注:1月27日)18時30分頃に警察庁から引き渡され、保護下に置かれた。しかし、登録上はソンギノハイルハン地区ということであったが、一部の情報源によればバヤンズルフ地区の領域から動物の皮でくるまれた状態で発見されたということである。

 引き渡しの際には仏教美術家プレブバト師および政治関係者が赴き、視察を行った。

 初期段階での結論では、遺体は200歳強であるというように説明されている。ともあれ、このミイラ化遺体に関してわれわれは後日の紙面で詳しく伝えることとする。付言すれば、「即身仏」イトゲルト管長に関してはいまや160歳になることが示されている。

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 仏教関係の用語が出てくるので骨が折れました。なお訳に間違いがあるかも知れません。その場合は優しく教えてください。

 さて、ここで出てきた記事を読む限り、ミイラとなった男性が非常に深い瞑想状態にあるという話はありません。また、ダシ=ドルジョ・イチゲロフという名前も出てきません。「後日の紙面」に出てきた記事(2015年1月29日)にも出てきません。

 どういうことか?ポイントは「『即身仏』イトゲルト管長」という記述にありました。実は、このイトゲルトという人はモンゴルではなく、ロシアのブリヤート・モンゴルのチベット仏教高僧です。1927年に遷化した際に即身仏となることを宣言し、弟子たちに命じて土中に埋められたところ、時代は下って2002年に遷化当時の姿で発見され、以来学術調査の対象となるとともに信仰を集めているのだそうです。*1

 この高僧の名前はモンゴル風にはダシドルジーン・イトゲルトとなっていますが、『ロシアの声』に登場するダシ=ドルジョ・イチゲロフと同一人物であると考えて間違いないと私は見ています。ロシアのブリヤート人は名前にロシア風の語尾をつけることがありますし、そもそもブリヤート語とモンゴル語では発音等に違いがあります。とすれば、この2つの名前は同じもののいわば方言差のようなものと考えるのが自然でしょう。*2

 また、遷化した年も1927年で一致します。『モーニング・ニュース』と他の資料で若干年齢が異なる気もしますが、これに関しては『モーニング・ニュース』が大ざっぱだった(あくまで付け足しの話題の扱いでしたし)と考えてもよいでしょう。そもそも、当時どれだけ正確な年齢記録があったのかもわかりませんし。

 というわけで、ダシ=ドルジョ・イチゲロフ管長の問題は解決できた……わけではありません。ウランバートルで発見されたミイラの男性が、管長の師であるかどうか、まだ分かっていないからです。

 そしてそれなんですが、現時点では「怪しい」と考えるべきでしょう。師弟関係を示す資料が見つかっていない上に、モンゴルの大手紙『ウドゥリーン・ソニン』の記事に、先の記事にも登場したプレブバト師のコメントがあるのですが、曰く、「外国のいくつかのメディアが『モンゴルからイトゲルト管長の師のミイラ化した遺体が見つかったようだ』と報じている」とのことです。つまりは、他人があんな話をしている、というノリなのです。ロシア国内での報じられ方は知りませんが、少なくともこれを読む限り、男性とイトゲルト管長の間に師弟関係があったと考えるのはためらわれます。

 ですが、逆に「200歳の男性の遺体」という点は『ロシアの声』に同情すべき部分も出てきます。『モーニング・ニュース』の当初の記事に「200歳強」という表現が見出しに出ているためです。後の記事では年齢が出てこないため、この表現自体が正しかったかどうかは今後の検証に委ねられますが、少なくとも『ロシアの声』の記事が誤訳に基づいているとは言い難いかと思います。

 ということで、「情報検証雑記ブログ」のエントリの最後に出てくる結論については若干修正が必要です。ただ、それ以外はほぼ再確認されたといっていいでしょう。今後さらに情報が出てくることでしょうが、それで結論が覆される見込みは低いと考えます。それにしても、まさかこんなところまでモンゴルの話題が出てくるとは……

*1:YouTube "Итгэл хамба",gogo news "Итгэл Хамбын гурван гайхамшиг"

*2:モンゴル語ブリヤート語の違いを「方言差」と呼ぶべきかどうかは、学術的な話に止まらない非常に複雑な問題なため、ここでは「方言差のようなもの」で逃げることとしました