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「地域」研究者にして大学教員がお届けする「地域」のいろんなモノゴトや研究(?)もろもろ。

モンゴルに北朝鮮機が着陸?

 「モンゴルに北朝鮮の貨物機が来た」という画像が2日前にtwitterで回ってきました。

 

 

 

 北朝鮮の貨物機がモンゴルのドルノドに着陸して、牛の群れを積み込んで行った、という話です。

 画像を見ると、北朝鮮の航空会社高麗航空の貨物機が、いかにも地方の空港に停泊しています。これだけでモンゴルの空港とは断定できませんが、もしツイートが事実だとしたら、場所はモンゴル東部ドルノド県の県庁所在地チョイバルサンになります。

 ただ、モンゴルで国際空港と言えばウランバートルチンギス・ハーン空港と、カザフとの国際便がある西端のウルギー空港ぐらいなもの。ましてモンゴル国内発着の高麗空港の定期便はないはずです。ツイートの通り人道支援なのかも知れませんが、それにしても背景が分かりません。

 と思っていたら、昨日モンゴル外務省が会見で事情を説明していました。

 


Хойд Солонгосын онгоцны талаар тайлбар өглөө

 

 で、だいたいどういうことが書いてあるかというと……

 

「ドルノド県チョイバルサン市に昨年12月29日北朝鮮の貨物機が着陸し、多数の牛を積み込んだ件に関する情報が昨日拡散しはじめた。これに関し、L.プレブスレン外務大臣は『1年半前(3710注:2013年10月)に大統領が北朝鮮を訪問した。我が国は2014年と2015年の反飢餓闘争で、アジア太平洋地域において世界の食糧支援組織を主導する立場にある。この地域では作物の収穫がないことによる飢餓が発生している。そのため、我が国は一定の支援を行ってきた。昨年モンゴルは北朝鮮に小麦粉と穀物を贈与した。外務省には国際協力のための基金というものがある。この基金から支援を行っている。北朝鮮の北部では冬の寒さが厳しい。そのため畜産業の特区を設立しようという計画が実施されている。我が国は繁殖可能な家畜を贈ろう、自身で繁殖を行って問題を解決しなさいという考えである。北朝鮮は自ら貨物機をモンゴルに派遣して104頭の牛を積み込んで行った。農牧業省(3710注:食糧農牧業省)が牛の健康状態の検査を行った。この支出は国際協力のための基金から行った。2000年頃には北朝鮮にヤギを贈った。今も繁殖している。ウランバートルに家畜を収容して飛行機に積み込むことが可能な土地を見つけ、飛行許可を得て、すべての面の審査を行った。国際関係の規定に従って行ってきた。我が国は家畜を供給して支援を行うことで国際的に背負った責務を果たしている。特に、主導している地域ではそうである。その代わりに、北朝鮮には二国間関係を継続させ、地域における責務を増やさせている』と回答した。

 北朝鮮には総計1万頭の家畜を生殖用に贈与することで合意しており、昨年は104頭の家畜を贈与したのである」

 ということです。

 さて、個人的なポイントは2つあります。1つには、家畜をあげるから頑張って増やしてね、というのはいかにもモンゴル的な支援だなぁと思います。この発想、90年代のモンゴル国内の貧困層支援でもありましたし。

 家畜というと牧歌的なイメージがあるかも知れませんが、ここでは「資産」と考えていただきたい。となると、繁殖可能な家畜、要は出産ができる雌雄の家畜ですが、これは「資産を生む資産」ということになります。繁殖能力のある家畜は子家畜を生み出す上に、母家畜は乳製品まで与えてくれるのですから、資産の中でもとりわけ大事なものなのです。

 他の家畜、つまりは去勢した雄家畜や老いた家畜からも毛や皮や肉は得られますが、毛は言うなれば利子みたいなもので、もちろん現金収入のタネにはなりますが、新たな資産を生み出すことはできない。さらに、皮や肉を得てしまうと、その家畜=資産はなくなります。

 だからこそ繁殖可能な家畜は家畜の中でも大事なのものですし、それを与えることの意味も出てくるわけです。自助努力支援は日本の途上国援助のコンセプトと言われることがありますが、繁殖可能な家畜を贈与するのはモンゴル式自助努力支援ということもできるでしょう。与える相手に家畜飼育能力があることと病気の伝染を防ぐことが前提となりますが、個人的には比較的手間もカネもかからぬ良い方法だと思っています。

 もう1つのポイントはこれが北朝鮮への支援であること。かつて東側陣営の忠実なメンバーであったモンゴルにとって、北朝鮮は早くから国家として相互承認をした相手です。民主化後は一時北朝鮮の駐モンゴル大使館が閉鎖されたこともありますし、いまでは韓国の存在感が圧倒的ですが、モンゴル語で「ソロンゴス」、つまりは「コリア」といえば昔は北のことだったのです。

 ただ、まぁ、ああいう国です。支援というと眉をひそめる方もいることでしょう。

 ですが、あえて言わせていただければ、モンゴルと北朝鮮のパイプが維持されることは、実はほかならぬ日本にとってお得なんです。

 ご存知の通り日本と北朝鮮の間では、拉致や国交正常化といった懸案がずっと解決されないままです。これらの問題を解決するためには、日朝間でやり取りをするしかありません。「毅然とした態度」も結構ですが、それは相手とのやり取りを怠ける口実としては通用しません。

 そのためには、両国が信頼できる第三者が間に立つのが無難です。そしてその役を担うのに最適なのが、日本とは友好的な関係があり、北朝鮮とも長らく交流を続けてきたモンゴルなのです。実際、日朝交渉の場としてウランバートルが選ばれることがありましたし、拉致被害者横田めぐみさんのご両親がお孫さんと面会したのもウランバートルでのことです。

 というわけで、日本からしたらいろいろ言いたくなる国ではありますが、それでもモンゴルが北朝鮮に「恩を売る」ことには、人道的な観点は勿論のこと、日本にとってのメリットがある、という理解が必要なのです。